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2017年5月

2017年5月31日 (水)

ジャックラッセルテリア飼育奮闘記をkindleで電子出版しました。

以前からご要望の多かった「ジャックラッセルテリア飼育奮闘記」の電子出版が完了しました。下記のURLからご覧いただくことができます。

ジャックラッセルテリア飼育奮闘記1: ジャックラッセルテリアとうまく付きあうために
http://www.amazon.co.jp/dp/B071LRFKY5

ジャックラッセルテリア飼育奮闘記2: ジャックラッセルテリアと仲良く付きあうために
http://www.amazon.co.jp/dp/B071785GQR

家庭犬の心理: あなたの犬の気持ちを理解するために
http://www.amazon.co.jp/dp/B071FL4919

閲覧にはamazonが販売する電子ブックkindleか、kindleアプリが必要です。

kindleアプリは下記から無料でダウンロード可能です。

https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/fd/kcp

今後ともジャックラッセルテリア飼育奮闘記をよろしくお願いいたします。

史嶋桂@小島啓史

2017年5月30日 (火)

14 警戒吠え対策

-目次はこちら-

警戒吠え対策

           

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写真は警戒吠えをしない犬たちの見本といえるだろう。中央のレオンベルガーは大きな体躯と穏やかな性格のため、他の犬を恐れることが少ないため、初対面の相手でも警戒吠えをしない。ジャックラッセルテリアのジャンも幼時よりあらゆる犬種と遊ばせて育てたので、相手がどんなに大きくても、強面でも警戒吠えはしない。左の2匹のジャックラッセルテリアたちは、初対面の犬に敵意がないことを示すため、知らん顔で地面の匂いを嗅いでいる。ただし彼らがこうして平和に過ごせるのは、幼時からの社会化を徹底したおかげだ。

 

警戒吠えとその理由

チャイムが鳴ったとたん玄関に走っていって、大きな声で吠える、家の前を誰かが通ると、その方向に走りながら、むやみに吠える、散歩の時、通りかかった犬にやたらと吠える、吠え方は、ワンワンワンと三音節以上続けて吠えるか、ワワワワンととぎれずに吠え続ける。こうした吠え方をしている犬は、相手に対して警戒心を持ち、自分独りでは対処する自信がないので「誰か来てくれ、怪しい事がある」と警戒と招集の吠え声を上げています。これらをまとめて、警戒吠えと定義する事が出来ると思います。この警戒吠えも、しばしば犬による騒音として問題視されます。では、どうすれば不必要な警戒吠えをヤメさせる事が出来るのでしょうか?

 

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若いドイツシェパードが道の向こうからワワワンと吠えてきたので、飼い主さんの了解をとって、マイロとジャンと挨拶をさせてみました。シェパードは耳を引き、尻尾を下げて振り、礼儀正しく挨拶してきました。対するマイロは尻尾を高く振り、耳を立てたまま挨拶しています。この場合マイロは相手を恐れていないので一切吠えていません。ジャーマンシェパードはまだ訓練中とのことで、犬種に特有の高い警戒心も影響して警戒吠えを行ったことになると思います。このような場合も、相手の犬と直接挨拶させて危険がないことを繰り返し学習させれば、徐々に相手の犬に吠え掛かることもなくなるはずです。犬の警戒吠えは未知のものに対する恐怖でも起こるからです。

 

警戒吠えは弱い犬ほどやる

警戒吠えは、気が強い犬が相手の犬を威嚇するためにやっていると勘違いしている飼い主さんがいますが、実際には不審な物音に反応したり、向こうから来る犬が怖かったりして、反射的に仲間を呼び集めたい気分になって吠えている事が多いので、むしろ気の弱い犬、自分を下位だと感じている犬のほうが良く吠える事になります。

警戒吠えが犬による騒音と見なされる事があるのは、犬にとって飼い主や同居の家族が頼りにならないと見限られてしまっている時です。この場合、犬は衝動的な恐怖を解消するために、招集の吠え声を上げているわけですが、いくら吠えても、自分の恐怖を払拭してくれる頼りになる存在が現れてくれないので、たとえ飼い主がそばにいたとしても、吠えやむ事が出来なくなってしまうのです。

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若いミックス犬がジャンと取っ組み合い遊びをしているうちに劣勢になり、恐怖心から、ジャンに警戒吠えを伴う咬み付き攻撃を仕掛けてきました。その瞬間、今まで静観していたマイロが抑制された咬み付き攻撃をおこないました。ミックス犬は、顔をそむけてそれを避けています。この様に、攻撃は恐怖の裏返しで行われることもあるが、その場合は警戒吠えが先に発せられるので人間も予測しやすいものです。むしろ問題はマイロの様に、相手を恐れずに、無言・無表情の状態からいきなり攻撃に移ることがある犬のほうだと思います。

 

警戒吠えの根本対策

反対に、毎日の散歩や訓練を通じて、犬が飼い主を頼りになる存在と見なしている時、警戒吠えは番犬としての勤めを犬が果たしているだけなので、あまり問題にする必要はありません。例えば家のジャンの例では…

・ピンポンとドアチャイムが鳴る。

•ジャンはいびきをかいて寝ていても、がばっと飛び起き、ダッシュして玄関に駆けて行き「誰か来たぞ、みんな集まれ」と吠えて騒ぎたてる。

•僕か家内が出向き「ヨシヨシ・ヤメ・ツケ」と、もう吠えなくても良い、脚側につけと命じる。

•普段から脚側歩行訓練などで、飼い主を上位者と見なしているジャンは、安心して吠えるのをやめる。

 

そんな風に脚側歩行訓練などで、常に飼い主を前面にたてる習慣がついていれば、犬は飼い主より一歩下がり、飼い主をバックアップする位置に着き、来客に本当に危険がないか、黙って警戒する立場に落ち着く事が出来るのです。

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マイロが唯一警戒吠えをする相手が、夜の散歩で時々出会うブタです。獣猟犬から見たらブタはイノシシと同じだから、彼女の判断は半ば正しいと思います。一方ジャンは、特に警戒することもなく、ブタに挨拶にいって口元をなめています。ただし、甘咬みもするので、ブタを大きな犬とみなして挨拶しているのか、食欲を感じているのかは僕にはよくわかりません。ちなみにブタはかなり迷惑そうに見えます。

 

強制的に吠えるのをやめさせるには

飼い主による犬の訓練が完成しておらず、まだ犬が飼い主を頼りになる上位者として信頼できていない場合、特に子犬が吠えるのをやめさせるには、犬の群れの上位者が、下位者を黙らせる方法をまねて、強制的に吠えるのを止める方法を使う事も出来ます。ただし、これは、あくまで短期的な暫定対策に過ぎないので、自分の飼い犬が声で静止命令を出しても吠えるのをやめない場合のみ使う様にしてください。

この方法は、犬の群れのボスや母親など上位の犬が、子犬に黙れという信号を発して、子犬を黙らせる方法をまねたものです。上位の犬は吠えている子犬を黙らせようとするとき、子犬の鼻面を、やんわりくわえ、低く短いうなり声で子犬に静止を命じます。子犬は鼻面をくわえられても痛いわけではありませんが、自分が叱られている事は認識出来るので、すぐに静かになるはずです。

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上の写真は、調子にのって騒ぐ若いオオカミのマズルを咬んで叱るアルファ牡。同じような叱り方をすれば、人間も犬の警戒吠えもとめることはできるが、吠える原因がはっきりしない時は、むやみに止めないほうが良いと僕は思います。吠えすぎる犬対策は、ともかく犬が吠えている原因を見つけることが大切です。

 

同じ様に、人間である飼い主も上位の犬の振る舞いを真似て、子犬が吠え続けるのを止めることができます。犬を左側にして膝をつき、左手で犬の首を保持し、右手で犬の鼻面を包むようにして押し下げるのです。そして低い静かな声で、「ヤメ」または「シズカニ」と命じます。犬が一回で黙らない時は、この行動を繰り返します。犬の性格によりますが、数回から十数回この動作を繰り返すと、「ヤメ」や「シズカニ」という命令だけで、犬は警戒吠えをやめる様になります。

この方法は、元々群れのボスが自分より下位の犬たちを黙らせる方法と同じなので、脚側歩行訓練などと平行して行うと、犬に飼い主を上位者と認めさせる強化訓練としても機能します。

しかし、前回も書いたように、犬が良く吠えるのは、私達人類が、良く吠える犬を選択育種してきた結果なので、むやみに強制的な手段で、犬が吠えるのを止める事は避けるべきだと思います。

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ジャンが初対面の柴犬と遊ぼうと、姿勢を低くして、耳を引き下から挨拶しています。しかしこの柴犬はジャンとの相性はあまりよくないようで、目の前でいきなり警戒吠えをされてしまいました。どんな犬でも恐れずにフレンドリーに挨拶できる犬も、好悪の感情までは乗り越えることができません。こういう場合は、犬を呼び戻して、他の犬と遊ぶように促すほうが良いでしょう。

 

警戒吠えを禁止するのは?

不審者の接近に気づいて、犬が警戒の吠え声をあげる時、例えそのほとんどが危険が無いとしても、僕は最初から黙らせないほうがいいと思います。オオカミ少年のたとえにもあるとおり、犬が危険を感じて吠える時、千に一つは、たとえば侵入盗犯が侵入を企てたのを、けたたましく吠える犬に阻まれた様な、本当に危険な状況が隠されているかもしれないからです。

犬が吠えた原因を探っても良く分からないときは、犬は人間には関知できない危険な気配に反応したのかも知れません。安全が確認されたら、飼い主は犬をそばに呼んで、なでて、もう大丈夫だから吠えなくても良いと保証してあげてください。強制的に黙らせるだけでなく、犬が吠えた原因を探り、必要ならその原因を取り除く手順を繰り返すことで、犬は吠えるべき状況と、吠えなくても問題がない状況を見分ける事が出来るようになっていきます。吠える犬がうるさいから、近所から苦情がくるからと言って、むやみに叱ったり、体罰を加えたりする事だけは絶対にしないでください。犬に理解出来ない理由や方法で犬を叱ると、飼い主と犬の関係は破綻してしまい、飼い主を信頼させる事で不必要に吠えなくさせると言う根本的な解決が不可能になってしまうからです。

犬に無駄吠えはありません。

繰り返しになりますが、犬にとって無駄吠えと言うのはありません。犬は吠えることで、一万年以上も前に我々の祖先から託された義務と仕事を今も果たしているという事を忘れないでください。 -目次はこちら-

つづく

13 要求吠え対策

要求吠え対策

 

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犬の要求吠えの根本対策は、犬に毎日十分な運動をさせ、幼いころから犬同士でたくさん遊ばせることだと思います。たったそれだけのことで、あなたの犬の要求吠えは減り、家庭内での態度も見違えるほどよくなるはずです。

 

犬はなぜ吠えるのか?

 

犬がワンワンと吠えるのは、人間が祖先のオオカミから犬を育種する過程で、はっきりと人間に分かる様な声で吠える個体を選択繁殖し続けたからです。その証拠に犬の祖先であるオオカミは、自然状態では驚くほど寡黙な生き物です。飼育されているオオカミでさえ、遠吠えと儀礼的闘争の時以外、ほとんど声を上げません。マイロの友達の狼犬も、ほぼ無言です。彼女は一般家庭で飼われているのですが、彼女を知る犬の飼い主さん以外、その家で大きな狼の様な犬が飼われている事を知っている人はいません。これは狼の血が濃い狼犬もほとんど吠えない事と、彼女が非常にシャイなため、知らない人がいると、全く姿を見せてくれないからです。

ある意味オオカミと言う生き物は、人の目から隠れて棲むのが得意な生き物であり、自分から人の注意を引くような吠え方はしない生き物だと言えるでしょう。逆に犬と言う生き物は、オオカミの警戒音声であるワフというような声から、ワンワンと大きな声で吠える様に人間がわざわざ育ててきた生き物です。これは狩りの際に獲物に吠えかかって足止めしたり、不審者に吠えて追い払ったりするため、人間が好んだ犬と言う家畜の新しい能力と言えるでしょう。では犬が吠え過ぎると何がいけないのでしょう?

 

Image099 この2匹はどんなに激しい取っ組み合い遊びをしても吠えない犬の典型といえるでしょう。オオカミの血が濃いオオカミ犬は、そもそも犬の様に吠えることがありません。一方のマイロは楽しく遊んでいるので要求吠えの必要がない、さらに相手のオオカミ犬を楽しい遊び相手と考え、怖がっていないので、警戒して吠えることも、恐怖から吠えることもありません。つまり犬というのは、吠える必要がなければ、むやみに吠える生き物ではないということです。

 

犬の吠え声は飼養放棄の主原因!

実は人口過密な都会や閑静な住宅街で犬を飼うとき、犬の良く通る吠え声は、となり近所から「うるさい!」と苦情を言われる原因になりかねないのです。考えてみると、犬の育種の歴史1万年から数万年の間、多くの犬は「良く吠えて獲物の居場所を教え、よそ者に吠えかかって追い払う」事を目的のひとつとして選択育種されて来たわけです。それを「事情が変わったのだから、もう犬も吠えない様にしろ」というのは、人間もずいぶん身勝手なことを言う生き物だと思います。

しかし、不要犬の引き取りと殺処分を今も続けている地域の「動物愛護センター」の統計を見ると「無駄吠え」と言う項目が「咬癖」とならんで、不要犬とされる理由の常に上位を占めています。つまり犬の「無駄吠え」を止める方法がわかれば、動物愛護センターに連れ込まれ、その結果殺されてしまう犬を減らす事が出来ることになるのです。

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ドッグランの中で遊び相手に会えなかったため吠えているマイロ。この時彼女は僕に遊び相手になれと要求吠えをしていることになる。こんなときはどうすればよいのでしょう?

 

犬に無駄吠えはない

ここで個人的な意見を述べてしまうと、僕自身は犬にとっての「無駄吠え」と言うのはないと考えています。犬は同居している人間や他の犬に、なにか訴えたい事があって吠えるものだと思うからです。そして人間と同居している犬が発する様々な吠え声の内、しばしば騒音として問題になるのは要求吠えと警戒吠えだと思います。この二つは、異なる原因による吠え声ですが、吠える原因が複数ある上、犬の欲求不満と恐怖に基づく吠え声であるため、短時間に吠えやむ事がない点が問題です。

 

要求吠えとその原因

犬が飼い主や他の犬に何かを要求しようとするとき吠えるのが要求吠えです。吠え方は、良く通る大きな声で、ワン・ワン・ワンまたは、ワン・・・ワンと言うように、相手をじっと見つめ、四肢を踏ん張って、一声ずつ区切って吠える事が多いです。要求吠えは、犬の相対的な地位が高い時によく見られ、「餌が欲しい」「散歩に行きたい」「何か投げてくれ」と言った具体的な要求があって吠える場合と、単に「暇だから」と、抽象的な欲求不満だけで吠える事もあります。

要求吠えの原因ですが、犬が散歩の時間に不足を感じている場合など、おもに運動不足からくるストレスが原因になって吠えている事が多いです。

要求吠えの根本対策は、毎日朝晩、犬がある程度疲れて帰宅したら自主的に休むくらいの運動量を確保することです。歩きの散歩をランニングの散歩にする、リトリーブを教えて遠くまで投げたゲームを繰り返し回収する遊びで運動させる、僕がマイロとジャンに夏にやらせているように狩猟ゲームをする、より遠くまで散歩に出るなど、ともかく犬が心身ともに疲れる運動をさせるのが効果的です。運動不足が解消されれば、犬のストレスも解消され、欲求不満を訴えるために吠えることもなくなるからです。

 

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犬の遊び相手がいないために要求吠えをしているなら、飼い主が代わりにゲームを投げてリトリーブ遊びに付き合ってやれば良い。マイロの様に、幼少期に犬の量販店で過ごし、独りで過ごした期間が長い犬の場合、子犬時代に社会化した相手以外とは親しく遊ぶ事ができない場合もある。そういう犬の欲求不満を満たしてやるのも飼い主の義務だと思う。

 

犬のわがままと正当な要求

もう一つの対策は、犬の要求を飼い主の都合で構わないので、わがままと飼い主が受け入れられるものに切り分けて対処することです。

たとえば家人が家事で立ち働いている時に要求吠えをしてきたら、一切構わずに無視を続けます。この時、声を荒げて叱るようなことは逆効果です。ともかく、犬が吠えやむまで無視してください。犬は吠えても構ってもらえない事が分かれば、要求吠えをしても効果がない事を学習し、要求吠えの頻度は下がって行きます。しかし、その要求が外に定時のトイレに行きたい、という切実なものだったら、飼い主が犬のトイレのタイミングを把握できるように毎日観察を行い、犬が要求吠えを始める以前に対応する必要があります。

こんな風に、犬が吠える時、そこには必ず理由があります。吠える理由は、犬が感じている欲求不満や不都合です。それを飼い主の側が切り分けて、常に一定の基準に基づいて対処していけば、要求吠えは徐々に解消する事が出来るものだと思います。

 

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このトイプードルは最初、道の向こう側でジャンに一緒に遊ぼうと要求吠えをしていた。ところがジャンが誘いに乗って、飛びついた瞬間、今度はジャンが怖くなり、歯をむき出し警戒と恐怖の吠え声を上げてしまった。

 

犬が吠えるかどうかは氏より育ち

上の写真のプードルの様に訓練性能の高い賢い犬であっても、社会化が不十分で訓練未了な犬の情緒は不安定で、相手の行動によって感情も吠え方もめまぐるしく変わるものです。一方ジャックラッセルテリアという訓練難易度の高い犬でも、幼時からの徹底した社会化と飼い主を上位者とみなすような訓練を行えば、他の犬をむやみに恐れることがなくなるので、相手に目の前で吠えられても、吠え返すことすらしない様にできます。

このように飼い主は自分の飼い犬の吠え方の様子や、振る舞いをよく観察して、犬の感情の変化を読み取り、犬に任せたままでよいか、飼い主が制御すべきかを、その場その場で判断して対処しなくてはなりません。

ちなみに2匹にお尻をむけて右隅で地面の匂いを嗅いでいるマイロの行為は敵意がないことをしめしているカーミングシグナルにあたります。彼女のこの態度も、ジャンに危険が迫れば、瞬時に相手に対する攻撃に切り替わる一時的な振る舞いにすぎません。意外かも知れませんが、この状態で注意が必要なのは、実はマイロのように前兆を見せずに、瞬時に攻撃に移る犬の方なのです。

 

次回は、警戒吠えの原因と対策について考えて見たいと思います。

-目次はこちら-

12 信頼で取り除く犬の分離不安

信頼で取り除く犬の分離不安

     

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散歩途中の私鉄の駅の改札前で、フセて家人の帰りを待つジャン。彼がこんな風に一人で駅頭で落ち着いて待てるようになるまで、およそ1年間の訓練期間が必要だった。一人で待てなかった理由、それは彼が抱えていた分離不安だった。

 

スワッテ・マテが出来なかった2匹目のジャン

 

犬の分離不安を訓練で解消した例を一つご紹介します。実は、マイロの訓練では、この問題は発生しませんでした。マイロはリーダーになるタイプの犬が持つアルファ気質と、幼少期から犬の量販店で単独飼育されていたせいなのか、家に来た当初から独りで飼い主の帰りを待つ事が平気な子犬でした。良く言えば我慢強い犬、悪くいえば鈍感な犬だったのかも知れません。その代わり、常に独立独歩で行動しようとするマイロを訓練するのは容易な事ではありませんでした。マイロは生後6ヶ月でやっとツケを覚えた様な訓練難易度が高い犬でしたが、独りで待つことだけは、最初から平気な犬だったのです。

一方我が家の2匹目のジャックラッセルテリアのジャンは、マイロの訓練を模倣する事で、服従訓練全般を数回教えただけで覚えてしまうような訓練性能の高い犬でした。しかしスワッテ・マテだけはうまくできませんでした。訓練のために、毎日他の犬と遊んでいる公園に連れて行き、木に繋ぎ、ジャンにスワレ・マテを命じ、僕とマイロがジャンから10mも離れるとキャンキャン大声で鳴いて不安を訴えました。僕はジャンの振る舞いを分離不安に起因する問題行動と考え対策を考えはじめました。

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僕は買い物に行くときもできるだけ犬を連れて出かける。この店舗は犬連れでは入れないので、買い物をするために、マイロとジャンをつなぎ、スワレ・マテを命じ、僕が離れると、マイロは座ったままなのに、ジャンはすぐに立ち上がってついて来たい様なそぶりを見せた。普段は下げた事のない尻尾も下がってしまっている。これは彼が抱えている分離不安のせいだったようだ。

 

僕はマイロが初めて飼ったジャックラッセルテリアだったので、この犬種はみんなマイロの様に我慢強い犬だと思っていました。ですからジャンの態度は意外でした。ジャンは、マイロがいないと独りで留守番さえ出来ませんでした。マイロが家人に連れられて出かけてしまい、僕とジャンしか家にいないときは、僕がトイレに入ったり、風呂に入ったりするたびに、扉をひっかいて、中に入ろうとさえしました。

ただし犬の分離不安は一概に悪い事ばかりではありません。たとえば軽度の分離不安なら、呼び戻しやリードなしのヒール訓練は教えやすくなるのです。こうした犬は、飼い主から離れると不安を感じるので、厳密な訓練をしなくても、名前を呼べば素直に飼い主の元に駆け戻り、いつも飼い主について回るような性格だからです。つまり犬の分離不安も、上手く対応すれば、良い方に導く事が出来る訳です。分離不安に基づく問題行動は、今まで飼った犬でも、拾って来た犬や、最初の飼い主に飼育放棄された犬に良く見られた行動でした。

想像ですが、ジャンの場合はペットの量販店で生後4ヶ月過ぎまで売れ残っていて、ずっと大部屋暮らしだったため、独りになる機会がほとんど無かった事が原因かも知れません。

 

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駅頭でのスワッテ・マテ訓練の様子を再現するとこんな感じでした。ジャンは知らない人でも、だれか周りに人がいれば、短時間は座って待つ事ができる犬だったので、その事を利用して、人通りが多い場所で訓練を始めました。ちなみに、この段階でも電車の騒音や人混みは平気な様子でした。

 

スワッテ・マテの教え方で分離不安を解消

東京の様な都市部で、犬を連れて外出すると、多くの店舗は犬連れで入る事が出来ません。つまり、外出の際、犬を家において出るか、出先で犬を店舗の近くに待たせて置くかの選択肢しかない暮らしを、飼い主と犬は余儀なくされる訳です。

僕は犬を連れて行ける場所には、いつでもどこでも犬連れで外出します。犬は独りで家に置き去りにされるより、少しでも飼い主と一緒にいることを望むと考えているからです。そのためジャンの様に分離不安が著しい犬には、なんらかの対策が必要でした。

僕はジャンにスワッテ・マテを教える過程で、ジャンの行動を繰り返し観察しました。マイロと一緒の時はスワッテ・マテが出来るので、次は二人で訓練を行い、ジャンに誰かついている状態でスワッテ・マテを試しました。色々試すと、ジャンは初対面の人でも、構ってくれる人がそばにいれば、短時間ならスワッテ・マテが出来る事が分かりました。

この事からジャンの分離不安は、家族やマイロから離れる事に起因するだけでなく、独りになる事を嫌う面もあるように思えました。僕はマイロが避妊手術で3日間留守になった期間を利用して、商店街や駅頭など、常に人通りがある場所で、ジャンを独りで待たせる訓練を始めました。回りにたくさん待ち合わせの人がいる場所に繋ぎ、ジャンにスワッテ・マテを命じ、ジャンから見える範囲で10mくらい離れて立ちました。ジャンは回りを見回して、僕の位置を確認すると、通り過ぎる人越しに僕の姿を見失わない様に、頭を小刻みに動かしてずっとこちらを見ていました。

この停座待機の訓練は1分くらいからはじめ、短い時間でもマテができたら、ゆっくり歩いてジャンの前に戻り、ヨシヨシ・マテと笑顔で大げさに褒めて、頭や背中をゆっくりと撫で、ご褒美を与えました。

 この訓練を徐々に時間と距離を伸ばしながら続け、10分、20mまでのばしていきました。ジャンは僕の立ち位置が段々離れて行くと、不安そうに通り過ぎる人越しに僕を捜してきょろきょろしましたが、おとなしく待っていれば、必ず僕がジャンの元に戻り、ヨシヨシと笑顔で褒めて撫でてくれ、毎回ご褒美ももらえる事を学習していきました。

この訓練のコツは、犬が不安を覚えて鳴き出す直前に訓練手が戻り犬を大げさに褒める事です。

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訓練中、僕が見える位置にいると、ジャンの視線は人混みを通り越して、常に僕の方に向けられていました。こうしたタイプの犬は、仮に分離不安があっても、従順な性格で、飼い主への依存度が高いので、訓練は入りやすいです。分離不安=悪いこと、だけではないと僕は思います。

 

翌日は人通りが少ない場所に繋ぎ、暫く見える所に立ったあと、僕はジャンから見えない店内に移動しました。店内からガラス越しに見ていると、ジャンは僕が入った店の扉を見つめたまま、根気よく座っていました。時々足踏みしながら、僕が消えた入り口を見張っていれば、僕が必ず帰ってくると確信しているように見えました。僕はジャンが立ち上がりそうになったり、ジャンプして僕の姿を捜したりし始める前にジャンの元に戻り、ヨシヨシ・マテと笑顔で褒めて、ご褒美を与える訓練を繰り返しました。

 

分離不安解消には飼い主と犬の信頼関係構築を

 

こうした訓練を3日間、電車の駅頭や公園で繰り返した所、ジャンは回りに誰かいれば、30分くらいはおとなしくスワッテ・マテが出来る様になりました。面白いのは、僕の姿が見えなくなると、よその人が構ってくれても、気もそぞろな様子で、あまり愛想良く振る舞わなかった事です。

 

マイロが病院から戻ってからは、散歩の時に毎日1匹ずつ行う脚側歩行訓練の際に、スワッテ・マテの訓練を毎日少しずつ繰り返しました。半年くらい毎日訓練を続けたところ、ジャンはひとりで外に繋がれても、家に残されても、おとなしく僕が戻るまで待てる様になって行きました。

 

僕はジャンの停座待機の訓練を通じて、分離不安からくる犬の問題行動の解決の一つの手段として、犬を独りでいる状態に慣らすだけでなく、おとなしく待っていれば、飼い主は必ず帰って来て褒めてくれると言う事を、犬に学習させる事、犬が飼い主を信頼して待てる関係を構築する事が重要だと考える様になりました。

 

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僕は天候に関係なく毎日2回以上、朝晩犬たちを連れて、毎日のべ3時間の散歩にでます。これは雨が降っても、雪が降っても変わらず、もう40年以上続けている毎日の習慣です。だから朝のテレビニュースもゴールデンタイムのテレビ番組も僕はリアルタイムで見た事がありません。犬と暮らすと言うことはそういう人間の不便さをおしてでも、犬との共同生活を優先する事なのだと思います。当然、どこにでも犬を連れていくので、犬を連れて入れない場所に行く時は、スワッテ・マテの訓練が必要になるわけです。

-目次はこちら-

11 犬と楽しく遊ぶモッテ・コイを教える

犬と楽しく遊ぶモッテ・コイを教える

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マイロは持来訓練を生後3ヶ月くらいから始めました。この頃はまだ口が小さくて、テニスボールでもくわえることができなかったので、木製の小さなアレイを投げて持って帰る事から始めました。写真は無事にモッテとコイの2つの声符に従いアレイを持ち帰ったマイロ。 

一連の連載の中で何度か書いていますが、ジャックラッセルテリアの様に猟欲の強い犬、体力旺盛な犬は、本当は東京の様な都市部で飼うのには向かない犬種だと思います。こういう犬は、毎日欠かさず運動させ、体力を消耗させておかないとストレスがたまり、いたずらが激しくなる程度ならともかく、最悪攻撃的な性格が助長され、咬傷事故の原因にもなりかねないからです。そんな風に、予想を上回るほど活発なジャックラッセルテリアを飼ってしまい、日々の運動量確保に苦労されている飼い主さんにお勧めなのが、リトリーブ、つまりボールやフリスビーの様なゲーム(犬にとっての獲物)を投げて、飼い主の手元に持ち帰らせる「持来」訓練です。散歩やランニングだと、飼い主が一緒に歩いたり走ったりしなくてはなりませんが、持来訓練なら、飼い主は定位置にいて、犬にゲームを投げてやれば良く、投げたゲームを繰り返し犬に持ち帰る様に命じるだけで、かなりの運動量が確保出来ます。またリトリーブはジャックラッセルテリアが強く持っている猟欲を満たす運動としても最適です。

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持来訓練を始めた当初、マイロはゲームをきちんと持ち帰りはしましたが、僕になかなか返してくれませんでした。そこでモッテとハナセの訓練を別々に行う事にしました。

 

ただし、ジャックラッセルテリアに持来を教える場合は、最低限「呼び戻し」を教えておかないと、投げてもらったボールをくわえたまま、どこまでも走って行って帰って来ないと言う事態もあり得ますので、以前の記事を参考に呼び戻しの訓練は確実にしておいてください。

それと猟欲が強すぎる犬の場合、ゲームをくわえる事と、放す事を事前に教えておいた方が、訓練も順調に進むと思います。持来訓練が入ると、応用で隠した物や隠れた人を見つける「捜索訓練」や、嗅跡で人や獲物を追う「追跡訓練」なども可能になります。家庭犬にそこまで教える必要があるかどうかは別として、ジャックラッセルテリアのようにハイパーな犬種に尊敬される飼い主になるためには、犬に常に訓練の課題を与え「命令をする者・される者」の関係を保つことも大切です。飼い主と飼い犬の信頼関係は、人と犬が毎日散歩と訓練で楽しく過ごす中で徐々に培われていくものだと僕は思います。

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持来訓練が進むに連れ、ゲームは重く大きなものに、持ち帰る距離も徐々に伸ばして行く。マイロがくわえているのは、骨型の樹脂製のおもちゃ。小型犬では重いゲームを持ち帰ることで体力の消耗も速くなる。

 

持来訓練は犬が幼い内に始めた方が、安定して教える事ができます。持来と言う行為は、元々犬が祖先のオオカミから受け継いでいる「幼い仲間に獲物を持ち帰りたい」と言う本能からくる側面と、「儀礼的階級闘争」のひとつである「ゲーム(獲物)のひっぱりっこ=誇示行為」の側面もあり、ジャックラッセルテリアでは、後者の比率が高い様に見えます。そのため、持来に対するモチベーションを高く保つには、儀礼的闘争を犬同士が行う、社会化期から訓練を始めるのが良いと思われるのです。

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仲の良い犬同士なら、一緒に持来訓練の応用で遊ばせる事もできます。マイロは仮に他の犬が先にくわえたゲームでも、体当たりしたり、相手がくわえているのをもぎ取ったりして、最終的に訓練手にゲームを持ち帰るのはいつもマイロと言う例がほとんどだった。これが後に大変な事態に発展していく事に僕は気づかなかった。

 

持来訓練は以下の様な方法で行います。

持来訓練の準備:モッテとハナセを教える

  1. 犬にボールやフリスビーなど投げて持ち帰るゲームを、命令でくわえさせ、命令で放すように訓練する。これはゲームを返さない犬にも、ゲームを途中で落としてしまう犬にも有効。
  2. 犬にスワレを命じ、ゲームを手で持って生き物の様に動かす。最初は犬の首輪をもって抑え、犬がゲームに食いつこうとするのを抑える。
  3. 犬の「ゲームに咬み着きたい」と言う衝動が十分高まったところで、モッテと命じ首輪を持った手をゆるめ、ゲームをくわえさせる。
  4. しばらく犬とゲームを引き合い、犬の所有欲が高まったところで一拍おき、ハナセ(ダセ)と命じ、ゲームを放させる。犬が素直に放さない時は、耳に息を吹き込んで強制的に放させる。
  5. この訓練を、モッテでゲームをくわえ、ハナセでゲームを自在に放す様になるまで繰り返す。

持来訓練の準備:コイを教える

  1. 犬に対面でスワレ・マテを命じ、そのまま犬から5mくらい離れる。
  2. 犬が座るのに飽きた様子を見せたら、コイと命じ、大げさに手招きする様にして犬を呼び戻す。
  3. 犬が戻ってきたら、ヨシヨシ・コイと笑顔で大げさに褒める。
  4. コイですぐに戻れる様になったら、目安として7m以上離れた場所から、コイと呼ぶだけで、瞬時に犬が帰ってくる様になるまで訓練する。
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生後半年を過ぎたあたりで、マイロはテニスボールもくわえて持ち帰る事ができるようになりましたた。しかし、持ち帰ったゲームをすぐに放さないのは、子犬の頃からあまり変わりませんでした。

持来訓練:モッテ・コイとハナセを一緒に教える

  1. 犬を訓練手の左脚側に座らせ、ボール・フリスビー・訓練用のアレイなどのゲームを犬の目の前に投げ、モッテ・コイと命じる。
  2. 犬がゲームを追って飛び出したら、再度モッテ・コイと命じる。
  3. 犬がゲームをくわえて、どちらに行くか迷うしぐさを見せたら、モッテ・コイと繰り返す。ジャックラッセルテリアはリトリーバーではないので、ゲームをくわえた瞬間、持って帰る事を忘れてしまう犬もいるので、犬に命令を繰り返す事で強調する。犬側の理解では、ゲームをくわえたまま放さない事がモッテで、戻る事をコイで命令している事になる。準備訓練がきちんと入っていれば、犬はゲームをくわえたまま訓練手の元にかけて戻ってくる。
  4. 犬が足下まできたら、手を差し出してゲームを掴み、ハナセと命じる。ゲームを一旦背後に隠し、ヨシヨシ・モッテ・コイと犬を笑顔で褒め、犬が出来た事を大げさに褒め、必要ならご褒美を与える。
  5. モッテ・コイの訓練は、犬が疲れたり、集中力を欠いたりして、持来が不確実になる前に切り上げる。
  6. もう一度上手くできたら終わりにしようではなく、今はとても上手くできたから今日の訓練はこれで終わり、と考え、上手く行った訓練で、飼い主から褒められた記憶を犬に印象付けて終わりにするのがコツ。
  7. 距離は最初7m前後から始め、犬がすぐに投げられたゲームに追いつける範囲でだんだん距離を伸ばしていく。
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ジャックラッセルテリアでも絶対にかなわない相手も存在します。例えば持来訓練が入ったラブラドールリトリーバーは、テニスボール程度の大きさなら、口の中にくわえ込んで、訓練手の元に戻るまで、絶対他の犬に奪われない様に持ち帰る事ができます。まさにリトリーバーの面目躍如です。

 

この様にして持来訓練を教えておけば、飼い主さんは、時間が取れない時でも、短時間で繰り返し持来を命じるだけで、犬に必要十分な運動をさせることが出来ます。同時に持来はとても応用範囲が広い訓練ですので、興味のある方は是非訓練の課題に加えてください。

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10 犬を確実に制御するには?ツケを教えよう!

犬を確実に制御するには?

 

 

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ツケ(ヒール)の命令に従って脚側に戻り停座待機状態になったマイロ。この訓練は万が一に備え、犬を屋外に連れていく家族の全員がマスターしておくべき訓練です。

 

犬の性格によりますが、ツケ(ヒール・脚側停座)の訓練は、気性の激しい犬の場合、フセよりも前に、つまり犬のアイコンタクトが確実になり、スワレの命令に常に従う様になり、呼び戻しと脚側歩行が一定以上出来るようになったら、先に教えるべき訓練かも知れません。

実はツケの訓練は、単に犬を脚側に停座させるためだけの訓練ではありません。この訓練の本来の目的は、飼い主より前に出ようとしている犬を止めて落ち着かせたり、他の犬とじゃれている犬の遊びを中断して、呼び戻して脚側に静止させたりするのにも使います。極端な場合、よその人や犬に飛びかかろうとしている自分の犬をツケの一言で止めて脚側停座させるのにも使える訓練なのです。つまりツケの訓練は、活動中の犬のあらゆる動作を中止させ、飼い主の脚側に戻して静止させる、動から静への切り替えを、一つの命令で行うための訓練でもあるのです。ジャックラッセルテリアの様に活発で、時に攻撃的に振る舞う犬の場合、必須の訓練と言えるでしょう。

 

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ジャックラッセルテリアの中でも、ジャンの様に、比較的服従性が高い犬なら、通常の犬の訓練と同じく、脚側歩行と脚測停座をセットで教え、最初から座る位置を脚側で教えてしまうこともできます。今回ご紹介するどちらの方法を採るかは、飼い主さん自身が犬の性格にあわせて決めれば良いでしょう。

 

たとえば警察犬になる犬種では、最初のスワレの訓練の段階で脚側に停座させる訓練を教える事が多いです。ジャーマンシェパードやラブラドールリトリーバーの様に訓練性能の高い犬の場合、脚側歩行中にマテなどと命じて立ち止まり、犬が立ち止まったら、右手でリードを持ち、犬を脚側に立たせたまま首を少し吊り上げ気味にして、左手で犬の腰を下に押し下げながら、スワレを教え、スワレに従う様になったら、左太腿の外側を手で叩いて、犬の注意を引き脚側に停座させるだけでツケの訓練を教える事が出来ます。彼らは訓練手の補助動作や合図を容易に受け入れ、さらに訓練手が何を望むか、自分から積極的に探ろうとさえします。こうした訓練手法が通用する犬の場合、対面の停座は後から教える事になります。つまり脚側停座が訓練の基本動作となるのです。

 

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マイロの様にスワレの訓練を対面で始めざるを得なかった犬の場合は、対面から側面、側面から脚側と徐々に座る位置をずらしながらツケの訓練をする必要があります。

 

では、同じ犬座姿勢を取らせる対面停座スワレと脚側停座ツケの訓練は、犬にとってどんな違いがあるのでしょう?なぜツケの訓練を入れると、犬はおとなしく飼い主の脚側に座る様になるのでしょう?僕はこの2つの訓練は、犬の座る姿勢は同じでも、犬と飼い主の位置関係が異なるため、犬の安心感が違うのだと考えています。たとえば警戒心の強い犬に、飼い主が対面で停座を命じると、きょろきょろ回りを見回してなかなか落ち着かない事があります。彼らは自分も飼い主も無防備な背中を周囲に晒している事に不安を感じる為に落ち着かなくなる様に見えます。

反対にツケの訓練が入った犬が、飼い主の脚側に停座している場合、他の犬からの攻撃的な威嚇など、不測の事態にも飼い主と一緒に立ち向かえるため、対面停座より安心度が高い様に見えます。

一定以上犬と人に社会化された犬達は、特別に闘犬や番犬として訓練しない限り、自分から犬や人を攻撃することは希です。彼らは、相手が怖いと言う恐怖心による反動から、しばしば攻撃という実力行使に出ます。しかし高い社会性を持つ犬は、自分と飼い主が安全なら、相手を攻撃するより、飼い主の横で実力行使を伴わずに相手を近づけない方を選ぶ方が多いのです。

たとえば犬対犬で、ほぼ互角の相手でも、飼い主と犬が一緒に相手に立ち向かえば、相手の犬は威嚇の吠え声を上げても、お互いの限界距離の外側にいるかぎり襲って来ません。そういう心理的背景があるので、ツケの訓練が完成した犬は、たとえ攻撃準備態勢になっても、もっと極端な例では、他の犬と取っ組み合いをやっている最中でも、あらゆる活動を中断して、ツケの命令に従わせる事が出来るようになるのです。

 

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ジャックラッセルテリアは、子犬時代に犬と人を含む社会全般への社会化を十分行えば、たとえ相手が大型犬でもほとんど怖がりません。そのためこの犬種にツケを教えるのは、犬に飼い主との一体感を与えて落ち着かせる要素より、犬を飼い主の制御下に戻し、反社会的な行動を止めやすくする事が主目的になると思います。写真はドッグランでリード有りからリード無しに変えるべくツケを訓練中のジャン。

 

ところがジャックラッセルテリアの中には、マイロの様に、飼い主の庇護をそれほど必要とせず、さらに補助動作を全く受け入れない犬もいます。マイロの様な犬は、いわれのない自信の持ち主で、どんな相手でも自分でなんとか出来ると思いこんでいるふしがあります。ですから最初に対面で停座する習慣を付けた場合は、その位置をずらしながら、最終的にツケの命令だけで脚側に停座するように徐々に訓練していき、その位置関係の方が、犬にとっても安心感が増すと言う事を教える必要があります。

ツケの命令に犬が素直に従うかどうかは、飼い主と犬の関係にも影響されます。飼い主を信頼できる上位者と認めている犬は、ツケの命令に一旦従えば、安心して座りつづける事ができますが、信頼関係が確立していない相手がツケと命令しても、犬は安心できないため、脚側停座の状態も安定しません。反対に自信たっぷりな大型犬が飼い主家族の子供にツケと命令されると、その犬は子供を守ろうして、周囲への警戒レベルを逆に高める事もあります。つまりツケの命令で犬が確実に脚側に停座出来る様にするには、アイコンタクトから脚側歩行訓練までの訓練過程で、犬が飼い主を信頼できる上位者(犬の親代わり)として認めるように訓練する事が必要なのです。

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ツケの訓練をマスターすればこういう事もできます。ジャックラッセルテリアは外見だけは可愛いので「ワンちゃん触っても良いですか?」と幼い子供が良く寄ってきます。そんな時、ツケの一言で犬を脚側に停座させ、子供が好きなだけ犬をなでられる様に静止させておくのです。子供に犬の扱いを教えるには、最初にきちんとしつけられた犬なら怖く無い、と実体験によって納得させる必要があります。そんな時もツケの訓練が一番実用的です。

 

僕が、ツケの補助動作に一向に従わないマイロにツケを教えた方法は以下の様なものでした。

まずツイテと命じて、左の脚側にマイロを歩かせたままツケの姿勢を取らせたい場所まで歩いて行き、マテと声符と視符で命じながら立ち止まりました。次にスワレと命じました。マイロはスワレの声符に反応して僕の前に回り込んで来て、僕を見上げた姿勢で座ってしまいました。そこで、一端マイロ・ツイテと命じ脚側歩行してから同じ位置に戻り、今度は短く持ったリードでマイロを左のふくらはぎに押しつける様にしながら、ツケ・スワレと命じて見ました。マイロは不承不承、僕の左脚側に座りました。

この時、左手にマイロの大好物の砂肝ジャーキーを握り、ヨシヨシ・ツケと言いながら、左の太ももの外側をポンポン叩き、座る位置を強調しました。マイロが左脚側にツケができたら、すぐにヨシヨシ・ツケと褒めてご褒美を与えました。こうして「ツケにすぐ従うと良いことがある」と言う条件付けを繰り返し、脚側に停座させる訓練を行いました。

リードなしでツケに従わせる訓練も、基本的にリード付きで行うツケの訓練と同じ手順で行いました。最初はスワレ・マテで座らせた犬から少し離れ、オイデ、またはコイと犬を呼び寄せてから、ツケと命じました。リードなしだとマイロは、僕の足下から少し放れた位置に座る事がありました。 

その時は声符と視符でマイロ・ツケと命じなおして、正しい位置に停座出来たら、ヨシヨシ・ツケと笑顔で褒めました。

 

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ドッグランの中で遊んでいる犬たちにツケを命じたところ。ジャンは勢い余って、ベンチに駆け上がり駆け下り寄り道をしたが、ちゃんと僕の脚側に戻ってマイロとともに脚側で指示待ち状態になっています。

 

次の訓練は他の犬や人がいない、マイロが落ち着いていられる場所で、リードから放し、スワレ・マテを命じ、犬から静かに離れておこないました。犬の名前を呼びアイコンタクトして、最初はコイと呼び、近くまで来たらご褒美を持った左手で左の太腿をポンポン叩きながらツケと命じました。こうした訓練を生後8ヶ月まで繰り返し、やっとマイロはツケの声符と視符だけで、脚側に戻り停座して静止出来る様になりました。

マイロと同じように気性の激しい子犬にツケの訓練を行う場合は、この様な変則的な訓練方法を使わざるを得ない事があります。しかし一旦、ツケ(ヒール)の位置関係による安心感を覚えた犬は、積極的にツケの命令に従う様になっていきます。この様に、ツケの訓練でも、飼い主が終始一貫した態度を貫き、犬に信頼される飼い主である事を、常に犬に示すべきなのは他の訓練と同じなのです。

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子供達の散歩の練習につきあったあと、ベンチに座った子供からツケを命じられ、ベンチの上で子供の横に停座するジャン。訓練済みで従順な性格の犬はリードを持って散歩してくれる人間の命令をある程度聞く様になります。しかしリードの持ち方が甘かったりするとジャックラッセルテリアは相手の人間を同等以下に見て容易には従いません。この様にジャックラッセルテリアに対して常にリーダーシップを発揮するのは、容易な事ではありませんが、アイコンタクトから順に根気よく訓練を続ければ、僕はどんな犬とでも信頼関係を築くことができると考えています。視点を変えれば、僕にとっては訓練が目的なのではなく、毎日一緒に訓練を行う事で、犬に信頼され、尊敬される飼い主になる事が目的だと言えるでしょう。-目次はこちら-

9 飼い犬に手を咬まれないために

飼い犬に手を咬まれないために

 

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写真は椅子の上で寝場所を取り合うジャンとマイロ。彼らは幼時から犬と人に社会化を行い、相手に怪我をさせる様な咬み方は滅多にしないので、これでも儀礼的闘争の範疇だが、牙を剥きだし、恐ろしげな唸り声を上げ、素早く咬み着き合う様子はジャックラッセルテリアを知らない人から見たら「危険な犬」のレッテルを貼られてもしかたないものだと思います。 

「飼い犬に手を咬まれる」という日本のことわざがあります。これは日頃可愛がって飼ってきた犬、信頼していた犬に手を咬まれた飼い主の衝撃的な気持ちがことわざになったものでしょう。転じて、自分の部下・後輩など、ふだんから目をかけていた相手、自分に逆らう事など思いも寄らない様な人間から、手痛い仕打ちを受けた時、恩を仇で返された様な時に、このことわざが使われます。逆の見方をすれば、飼い犬が飼い主の手を咬むことなど、本来あってはならない、というくらい、犬は飼い主に忠実であるべきと言う意識が日本人にはあるのでしょう。

しかし、ジャックラッセルテリアを飼っている方、特に子犬からこの犬種を飼った経験のある方は、彼らが文字通り、飼い主の手を情け容赦なく咬む犬になりうる事をご存じだと思います。

ここでは強い咬み癖のあるジャックラッセルテリアを飼って試行錯誤した経験から「飼い犬に手を咬まれない」様にする訓練方法を考えてみました。ジャックラッセルテリアの様に、放任飼育をすれば簡単に「咬む犬」になりがちな犬種に対する一つの対処方法としてご紹介します。

 

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写真は襲撃訓練の応用でジャックラッセルテリアのマイロに咬んでも良いロープおもちゃを見せ、モッテと命じて咬ませたところです。この「遊び」が大好きなマイロは、唸り声をあげ喜々として咬み着き、ロープをもぎ取らんばかりに首を振り回します。彼女はこうした「獲物を強く咬み仕留める能力」を含めて、獣猟犬として育種された犬の末裔なので、咬む事自体を禁止しても効果はないようです。

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ヤメ・マテの命令で不満げな様子ながら、瞬時に咬み着くのをヤメて停座待機状態になったマイロです。マイロはすでに命令で咬んでいるものを放す訓練が入っているので、おもちゃに本気で咬み着いている状態でも命令でヤメさせ、静止させる事ができます。また、手を咬むと「楽しい遊び」が終わってしまう事も学習しているので、今は手を咬む心配も無くなりました。

ジャックラッセルテリアと言う犬にしばしば酷い咬み癖が見られるのは、元々この犬種が特殊な用途のために育種された獣猟犬だからです。その用途は、イギリスの伝統行事であるキツネ狩りです。この犬種を育種した、ジョン・ラッセル牧師は、熱狂的なキツネ狩りのファンであり、それまでキツネ狩りに使われてきたフォックスハウンドやフォックステリアの能力に満足できず、理想的なキツネ狩り猟犬を目指してジャックラッセルテリアを育種したと言います。

その育種の目的は、キツネの縄張りであるキツネ穴に躊躇なく潜り込み、キツネを恐れずに襲いかかり、穴から追い出し、キツネが逃げようとしたときは、後脚に咬み着いて、ハンターが来るまで抑えておける犬だったといわれます。そういう実猟用に育種された犬種のため、ジャックラッセルテリアは、小さな身体に不似合いなほど、頑丈な顎と牙を持ち、動きも俊敏で咬み着く力も強いのが普通です。たとえばロープおもちゃに咬み着かせたマイロを持ち上げれば、そのまま数分ぶら下がっている事が出来ます。この強い顎と、頑丈な牙で本気で咬まれたら、大人でも大怪我をしてしまうでしょう。僕自身も訓練の過程でマイロに何度も咬まれ、流血を伴う怪我を負っています。

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マイロと一緒に咬み着きを制御する訓練を受けるジャン。通常は1匹ずつ行うべき訓練だが、ジャンはマイロのやることをすぐに模倣するので、この訓練も一緒に行ってみました。 

さらに、近年ペットの量販店などが行う、子犬の単独飼育による展示販売は、子犬から初期の社会化の機会を奪い、本来親兄弟との触れあいの中で学ぶ「遊び相手を強く咬んではいけない」と言う学習の機会を奪ってしまいます。

ですから、飼い始めた子犬の咬み癖が酷いと感じたら、生後3ヶ月台の内に社会性のある犬たちと取っ組み合い遊びをたくさんさせて、犬の流儀で、仲間を強く咬む事はいけない、と教えてもらう必要があります。

 

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ジャンはマズルコントロールが効くジャックラッセルテリアとしてはおとなしい犬なので、ロープを放させる時に、マズルを掴んで、そこから耳の穴に人差し指を入れたり、息を吹き込んだりして見ました。

 

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アルファオオカミにマズルを軽く咬まれて「叱られている」下位のオオカミ。飼い主との上下関係が確立している犬なら、オオカミと同じようにマズルを押さえて叱る方法も有効だが、マイロの様にアルファ気質の強い犬の場合は、マズルを掴む事そのものを受け入れないので、この方法は逆効果で、遊びに誘うサインと誤解されてしまいました。

しかし子犬時代にそうした機会を設ける事ができず、成犬になっても咬み癖が直らなかった場合は、飼い主がむやみに人間や他の犬を咬んではいけないと訓練を通じて教える事で、犬の咬み着きを制御すべきだと僕は思います。

訓練方法は色々ありますが、警察犬に教える襲撃訓練の応用で、咬むものを指定して咬み着かせる訓練を行い、次に咬んだものを放す訓練をおこない、最後に命令で咬み着こうとした犬を止める、と言う順番で行うのが良いと思います。もちろん飼い主さんご自身がそういう訓練をする自信がない時は、警察犬訓練士など専門家の助言を受けることをお勧めします。

一方で襲撃訓練などいれると、他人を襲う危険な犬になりかねないので、そうした訓練はしない方が良い、と言う方もいます。しかしジャックラッセルテリアの場合は、元々大半の犬が放っておいても、他の犬やよその人を攻撃しやすい傾向があるので、それを制御して他の安全を確保するのが、飼い主の勤めだと僕は思います。たとえカワイイ外観で選んだ犬であっても、自分の犬がよその犬や人に危害を与えかねないなら、それを矯正するのも飼い主の責任だと僕は思うのです。

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上の写真は、アルファにマズルを咬まれて、おとなしく「罰」を受け入れ横たわる下位のオオカミ。下はオオカミと同じ叱られ方をおとなしく受け入れて無抵抗に横たわるジャン。外観がかけ離れていても、獣猟犬とオオカミには心理面、行動面で共通点が多いと僕は考えます。ジャックラッセルテリアの訓練で行き詰まるたびにオオカミの行動観察を参考にしたのはそのためです。

僕がマイロとジャンに行った「咬み付きを制御する訓練」方法は以下の様なものでした。

 命令で咬み着かせる、命令で放させる、命令で咬みつきを止める訓練

  1. 犬に咬んで遊んでも良いロープおもちゃを生き物の様に動かして見せ、モッテと命じて咬ませ、飼い主と犬でひっぱりっこする。手を咬む危険性のある犬の場合は鉄工用手袋で手をガードする。おもちゃを無視して手を咬むようなら訓練を中止してしばらく犬を無視してから訓練を再開する。
  2. 咬み着いて所有欲が高まり、犬が本気でおもちゃを奪おうと全力で引いてきたら、おもちゃごと犬を手元に引き寄せ、ハナセ(ダセ)と命じながら、オモチャを持っていない手の平を犬の顔に向けて見せる。犬は大きく拡げた人間の手の平を、大きく口を開き牙を閃かせた犬の口のように感じオモチャを放す。
  3. あるいはもう一方の手の指を犬の耳の穴にそっと入れる。または耳に強く息を吹き込む。この時、興奮した犬に咬まれない様に注意!
  4. 犬は耳の穴を強く刺激されると、咬みついているものを反射的に放す。
  5. 犬が咬んでいるおもちゃを素直に放したら、おもちゃを隠し、ヨシヨシ・ハナセと褒め、スワレを命じ、手のひらを犬の鼻面に向けてマテと命じ、しばらく静止させ、犬が短時間でもおとなしくできたら、ヨシヨシ・マテと褒めながらご褒美を与える。
  6. 1に戻り、再びおもちゃに咬みつかせ、しばらく遊んでから、ハナセの声符と視符で放させる事を繰り返し、ハナセといわれたら咬んでいる物を放す、と言う条件反射を作り出す。
  7. 訓練を1週間くらい繰り返すと、犬はハナセと言って犬の顔の前に手の平をかざすだけで、条件反射によってすぐに放す様になる。この訓練を毎日犬がある程度疲れるか、飽きるまで時間かけて続ける。
  8. 最後はおもちゃを見せて、咬みつこうとした時に、手を犬の頭の上にかざし、ハナセと命じ、最初から咬ませない様にする。この段階で声符はハナセからヤメに入れ替えても良い。
  9. 手をかざしてヤメと命じる→咬みつくのをやめる→飼い主に褒めてもらえる、と言う条件反射が完成すれば、他の犬と取っ組み合いをやっていても、ヤメやハナセの命令で取っ組み合いを中止して呼び戻す事もできる様になる。
  10. また、ヤメ~マテまでの訓練が完成すれば、犬が他の犬や人に咬み着きそうになる前に、ヤメで咬み着きを止め、マテで静止させる事も出来るようになる。ツケ(脚側停座)が出来る犬なら、ヤメ・ツケと命じても良い。

 

咬み着きを止めるところまで訓練が進むと、この様に犬の顔に向かって手をかざし、ジャン・ヤメと命じるだけで、咬み着く前に止める事ができる様になります。

この訓練で犬に教える事が出来るのは、モッテと言って差し出されたものは咬んでも良い事、ハナセまたはヤメと言われたら、咬んでいるものを無条件に放す事、さらに放したあとで、マテに従い、飼い主の次の命令を待つ状態で静止させ、必要なら他の犬の挑発を無視させる事です。

また散歩の途中で他の犬に敵対的に振る舞う犬の場合は、太めのリードの持ち手の下に結び目を作り、相手の犬ではなくリードを咬ませて訓練し、命令で静止させる様に訓練しても良いです。もちろん、この訓練の最終目的は襲撃を命じることではなく、襲撃の停止にある事を肝に銘じて訓練してください。

この様に、元々獲物に強く咬み着く能力を高めるために育種されたジャックラッセルテリアの様な犬の場合は、一律咬み着く事を禁止しても上手く行かないと思います。こういう、元々攻撃的な犬の場合は、咬んでも良いものをあらかじめ用意し、命令で自在に咬ませたり、放したりする事を教え、咬んではいけない状況では、命令で咬ませないと言う訓練をきちんと行う必要があると思うのです。

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以前使った写真だが、散歩の途中でスズメをしとめてしまったジャンに、ハナセと命じてスズメの所有権を放棄させたところ。すでにスズメは事切れているので、これは手遅れのケースだが、訓練次第で、自分でしとめた獲物であっても素直に放させる事は可能になります。今回紹介した訓練は、リトリーブしたゲームを飼い主に返す事にも応用可能です。-目次はこちら-

8 犬の服従性を高めるには?フセを教えよう!

犬の服従性を高めるには?

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写真は命令に従ってウッドデッキの上でおとなしくフセて待機しているマイロ。とんでもないお転婆犬でも、こうしていると少しは賢そうに見えるでしょうか。伏せる姿勢は犬にとって、服従性の高い姿勢で、なおかつ犬が落ち着く姿勢なので、この命令に確実に従うように訓練できれば、飼い主に対する犬の服従性を高め、犬を落ち着かせる事もできます。ジャックラッセルテリアの様にハイパーな犬には、是非教えておきたい訓練です。

 

今回は、犬の服従性を高め、犬を落ち着かせやすくする、フセの訓練について考えて見ます。

犬は社会性の高い肉食動物であるオオカミの子孫です。オオカミから社会性を引き継いだイヌは、オオカミの行動の多くをそのまま踏襲し、群れの個体同士でサインを出し合い、意思の疎通を図ったり、上下関係を確認しあったりします。イヌもオオカミも挨拶行動によって、お互いに仲間である事を確認しあい、上下関係を守る事で、効率良く狩りを行い、牙と言う強力な武器を持つ身内同士で、不必要に争わずに済むように行動を進化させた動物です。

さらにイヌは人間の家畜になる過程で、同族だけでなく、人間や他の家畜にも社会化する様になりました。その結果、異種である人間とも一定以上のコミュニケーションを取れる様になり現在に至っています。興味深いのは、多くの犬が視線の高さ、つまり目の高さによって、相手の大きさや自分との上下関係を測ろうとする事です。この視線の高さは親子であれば、親の方が子より高い事が多いので、視線の高さが異なる個体が出会った時、視線の高い個体がより年長の上位者と見なされ、視線が低い個体が下位者となる可能性が高くなります。

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マイロとジャンの散歩のルートにあるガレージに老シェパードが放し飼いになっていました。彼は番犬も自分の仕事と考えているらしく、前を通る人にも犬にもよく吠えます。マイロとジャンにも当然吠えかかるが、彼らは大きな犬が吠えても全く動じる事無く、自分から近づいて対等の挨拶しようとするので、老シェパードはとまどった様な顔で僕を見上げています。この様にジャックラッセルテリアは、通常の犬の階梯を無視する事があるので、相互の犬の社会化が不十分だと喧嘩の原因になる可能性が高いと思われます。

 

イヌでは大きな犬種の方が小さな犬種より、自然に上位者と言う位置づけになりやすいのですが、ここでジャックラッセルテリアは例外的な一面を見せます。彼らの行動を見ていると、あまり視線の高さによって、相手を上とか強いとか感じていない様なのです。その結果、大型犬から見たジャックラッセルテリアは小さな子犬のサイズなのに、下位者の挨拶をしない変な犬、擬人的にみれば生意気な奴と、とられやすい様なのです。これが原因となって、社会化が不十分なジャックラッセルテリアは、しばしば他の犬とトラブルを起こします。

犬はさらに、人間に対しても、視線の高さの差による判断を行います。人間の頭の位置は犬から見たらかなり高いので、人間に十分社会化された犬の場合、人間と犬の視線の高さの大きな差から、人間を「すごく背の高い同族」とみなし、自然と服従する気分になりやすいのです。反対に人間が姿勢を低くすると、犬は安心して寄って来ます。これも犬が人間に対して視線の高さと力関係を関連づけて認識している傍証になります。つまり人間が犬を従わせようとする時、人間が立ったまま命令をくだせば、相対的に高い視線によって服従させやすくなり、逆におびえている犬を安心させたければ、人間が姿勢を低くすれば良い事になります。

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低い塀の上でフセの訓練をうけるジャン。元々服従性の高い犬なら、この様に犬が少し緊張し、飼い主の命令に注目しやすい高さのある場所で、声符と視符と必要なら餌の報酬を使って訓練するだけで、簡単にフセを教える事ができます。

 

同じように上位の犬が、自ら伏せる事で、視線の高さを下げ、威圧感を減らす事で子犬や小さい犬を安心させようとする事があります。社会化が不十分で、他の犬を怖がる様な子犬でも、おとなしく伏せている犬が相手だと、安心して寄って来て、口元を舐めて甘える仕草を見せる様になります。さらに同じくらいの体格の犬同士が出会った場合、相対的に社会的地位の低い犬は、自ら姿勢を低くして、視線を高く保ち続ける相手に対して、下から近づいて口元を舐め、長上者に対する挨拶を行います。これは犬が姿勢を下げる事で、視線の高さも下げ、相互のコミュニケーションを円滑にしている行為にあたるでしょう。

こうした観察で共通する事は、犬は視線の高さを下げる事によって、相手に対して敵意が無いことを示したり、服従の意志を示したり、相手を安心させたりしていると言う事です。

この犬の習慣を利用して、ジャックラッセルテリアの様に、他の犬とトラブルを起こしやすい犬種でも、視線が低いまま安定する姿勢、つまり伏せる姿勢を取らせる訓練を行うと、トラブルを回避し、飼い主に対する服従性も高める事が出来ます。

さらにフセの訓練にいつでも従うように訓練すると、暴れ騒ぐ犬を瞬時に静止させたり、他の犬と喧嘩しそうになるのを止めたり、落ち着きの無い犬を静かにさせる事もできます。これはフセの姿勢そのものが、高い服従性を示す姿勢である事とも関係していると思われます。

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代々木公園のドッグランで、他の犬との取っ組み合い遊びに興奮しすぎたジャンを、家内が呼び戻し、高さのある切り株の上でフセ・マテを命じているところ。この様に、暴れ騒ぐ犬も、呼び戻しとフセに従う犬なら、短時間に落ち着かせ、トラブルを回避する事ができるようになります。

 

フセの訓練は、性質が穏やかな犬なら簡単に教える事が出来ます。最初はご褒美を手に持ったまま、犬が少し緊張するくらいの高さがある場所に載せ、犬とアイコンタクトして、人差し指を立ててスワレを命じ、その状態から、犬の鼻面をかすめるようにして指をゆっくり下げて行きます。犬はご褒美に注目して訓練手の人差し指を鼻面で追い、ゆっくりとフセの姿勢になります。この訓練は台の上の様な場所で始めると効果的です。犬がご褒美ほしさに前に出ようとすると、台から落ちてしまうので、人差し指の位置を調節するだけで、犬を的確にフセの姿勢に移行させやすいからです。犬が中々フセない場合は、前足をそっと持ってフセの姿勢に導いたり、背中を押し下げたりする補助動作も有効です。

一方フセの訓練など全く受け入れる気がなかった子犬時代のマイロの様に、例外的に強気の犬もいます。マイロはフセの初期訓練のさい、補助動作にも従わず、餌によるリードも通用しなかったので、スワレを教えた時と同じように、フセも関連づけ学習で教えようとしました。僕はマイロが自主的にフセの姿勢になる条件を探して見ました。

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マイロは爆竹やシャッターの開閉音はもとより、目の前で大型犬に吠えられても全く動じない犬だが、なぜか近所の公園の遊具の橋の上は怖くて足がすくむようでした。僕はマイロの苦手な場所を見つけたことで、他の場所では全くできなかったフセの訓練を始める事ができました。今でも橋の上は鬼門らしく、なんとなくそわそわしているマイロ。

 

ところがマイロは外にいても室内にいても、常に立って動き回っている様な活発な子犬で、おとなしく伏せている姿を見せたことがありませんでした。これでは、たまたまフセの姿勢を取った時にフセと命じる関連付け学習による訓練が出来ません。そこで家族全員のデジカメ画像から1,000枚くらいの写真を調べ、唯一公園の遊具のスノコ状の橋の上なら、マイロが自分から伏せるのがわかりました。その場所はスノコの隙間から下が透けて見えるので、マイロも高さが怖くて脚がすくんだのかも知れません。僕はマイロが遊具の橋の高さを怖がる事を利用し、最初はこの場所でフセの訓練を始め、次は低い塀の上、さらにベンチの上と徐々に高さを下げ、最後は普通の地面でもフセに従わせる事が出来るようになりました。それでもマイロが命令に従っていつでもフセが出来るようになるまで、半年くらいの訓練期間が必要でした…

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ジャンを訓練したのと同じ低い塀の上で、訓練中伏せたままくつろぐマイロ。彼女の感覚では、自分で容易に飛び降りる事ができる場所なら、狭い塀の上でも苦にならない様だ。もしあなたの犬のフセの訓練がうまく行かない時は、少し高さのある台の上で訓練を始めた方がうまくいくと思う。

 

この様にフセの様な服従を意味する姿勢の訓練に中々従わない犬もいますが、飼い主が犬の性格をきちんと把握して、その犬に合った条件を整えれば、たいていの犬の訓練は可能だと思います。ただしジャックラッセルテリアは、犬ごとに多様な個性を持つため、全ての犬に共通して使える手法を見つけるのは難しいかも知れません。つまり訓練を成功させる鍵を見つける事が出来るのは、他ならぬ飼い主さんご自身なのです。これがジャックラッセルテリアの訓練を難しいものにし、人任せにしにくい理由の一つだと思います。-目次はこちら-

7.5 キツネ狩り猟犬でカブトムシ狩り!

キツネ狩り猟犬でカブトムシ狩り!

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マイロが我が家に来てから、夏の恒例行事となった、夜のカブトムシ狩り。狩りというより、ジャックラッセルテリアの猟犬の能力を利用して、街灯に掴まってしまったカブトムシを回収する作業ですが、その裏にはいろいろな事情がありました。写真は街灯に飛来したカブトムシのオスをポイントするマイロ。

 

ジャックラッセルテリアの様に猟欲の強い犬、体力旺盛な犬は、本当は東京の様な都市部で飼うのには向かない犬種だと思います。こういう犬は、できれば広い農場等に放し飼いにして、自主的に一日中害獣狩りをやらせた方が良い様な犬たちです。東京で飼うのに一番困るのは、強すぎる猟欲が、時として予期しない方向に発揮されてしまう事です。相手が犬や人、飼い猫などの同居者なら、社会化することでジャックラッセルテリアの襲撃を防止出来ます。しかし野生の小動物や野鳥が相手だと一緒に暮らすわけにも行かず社会化は不可能です。その結果、都市の公園緑地で散歩していると、しばしばジャックラッセルテリアは自主的に狩りを始めてしまいます。

マイロは以前僕の目の前でクマネズミを3匹瞬殺にしてのけました。ジャンは今までにカワラバト・ツグミ・スズメ等の野鳥が飛び立つ瞬間を狙ってジャンプして捕らえ、一撃で仕留めてしまいました。

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写真はハト・ツグミについで、とうとうスズメまでしとめてしまったジャン。巣立ち雛ではなく明らかに成鳥でした。鳥猟犬が半矢の獲物をしとめるのは珍しくありませんが、道で餌をついばんでいる成鳥のスズメを捕らえる犬は希なはずです。正直ジャックラッセルテリアの俊敏さには驚かされました。ジャンは本能の命ずるままジャンプしてスズメをしとめたものの、僕のハナセの命令で所有権を放棄し、叱られると思ったのか、顔を背けています。僕はこの強すぎる猟欲をなんとかする必要があると考えました。

 

マイロとジャンは獲物と認めた相手を襲う際、無言で何の逡巡もなく、ただピョンっと飛びついて前足で押さえながら咬み着き、素早く振り回して背骨を折り一瞬で殺してしまいます。これはジャックラッセルテリアが生粋の猟犬であり、強い猟欲と小動物を容易に捕殺出来る俊敏さを今も持ち続けているからでしょう。興味深いのは同じ犬種なのに、マイロはネズミや昆虫を捕らえるのが上手く、ジャンは鳥専門に近いことです。ジャンはジャックラッセルテリアとしてはコートが柔らかすぎ、耳も垂れ耳なので、もしかしたら鳥猟犬のスパニエルなどの血が入っているのかも知れません。

こういう犬たちは、何か猟欲を満足させるような遊びを行わないと、生き物だけでなく、家具や衣類さえ獲物に見立て、勝手に狩りを始めてしまいます。その結果、獲物にされた家具や衣類は惨憺たるありさまになってしまいます。僕はフリスビーやボールを回収する遊びで彼らの猟欲を満たしてきたつもりでしたが、飛んでいるゲームに咬み着く遊びは、ジャンの鳥捕りの能力を高める方に作用してしまったかも知れません。

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マイロとジャンの夏の間だけの猟場である近所の森林公園。ごらんの様に、夜間は道沿いに煌々と街灯がともり、この明るすぎる灯りに掴まって命を落とすカブトムシなどの夜行性昆虫がたくさんいる場所です。

 

僕は、マイロとジャンに、実害の無い狩りの機会を与え、狩猟本能を満足させ、合わせて多少でも実益が得られないかと考えました。そこで思いついたのが、夏の夜のカブトムシ狩りです。自宅のある東京の目黒は古くからの森林があちこちに残る土地柄で、今でもカブトムシやクワガタが棲み着いている場所があるのです。このカブトムシが緑地内の街灯に飛んでくるのを、犬と一緒に捜して捕まえようと言うのが、カブトムシ狩りの目的です。

都市の公園緑地には、ハシブトガラスもたくさん棲み着いています。夜、雑木林の林床や落ち葉堆肥の山から羽化したカブトムシは、しばしば緑地内の街灯に飛んできます。カブトムシは石炭紀に進化した昆虫の伝統を守り、月や星からの平行光に一定の角度を保って飛ぶ習性があるため、街灯の様な明るい点光源があると、光に一定の角度を保って飛び続けようとする内、螺旋を描いて街灯にぶつかってしまうのです。この性質のせいで、昆虫は一度街灯に捉まってしまうと、逃げ出す事ができなくなり、だれかが救出しなければ、翌朝にはハシブトガラスの朝食にされてしまうのです。

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一眼レフカメラにストロボを付けて撮った、カブトムシに鼻面を向けポイントするマイロ。マイロの独特の振る舞いでそこにカブトムシがいると言う予測はしていたが、撮影するまで、僕にはカブトムシそのものは見えませんでした。

 

僕はこの街灯にやってくるカブトムシを回収するのに、マイロとジャンを使ってみようと考えました。彼らは獲物を嗅跡と視覚と聴覚で探せるテリア系の獣猟犬なので、年齢と共に視力の落ちた僕に代わり、暗がりでカブトムシでも探してくれるはずだと考えたのです。

梅雨の晴れ間、じっとりと湿った空気が蒸し暑い6月末の夜、僕はマイロとジャンを連れて、毎年カブトムシの死骸をたくさん見かける区内の森林公園に出かけました。目指すはカブトムシやクワガタなどの夜行性の甲虫類です。僕はまず、マイロとジャンをベンチに座らせてから、目的物を指定せずに、サガセと命じて見ました。普段はサガセの声符で手の匂いなどを元臭に隠したボールを捜させる訓練を行うのですが、カブトムシの原臭は無かったので、こういう変則的な命令しか出来ませんでした。マイロとジャンは何も目的が示されないので、不承不承と言う様子で僕の前に出て、地面の匂いを嗅ぎながら歩き始めました。

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夜露に濡れた落ち葉や道に敷き詰められたウッドチップの上にカブトムシがいても、人間の眼で暗がりにいるカブトムシを見つけるのは困難でした。しかしジャックラッセルテリアは、嗅覚・視覚・聴覚を動員して、次々とカブトムシを見つけてくれました。

 

サガセの声符で何かを捜索する時は、マイロもジャンも僕に先行する事が許されています。やがてジャンが一本の街灯の下に落ちていたカナブンを見つけました。カナブンは本来昼行性ですが、発生の初期には、夜間街灯にくる虫もいます。目指す獲物ではありませんが、ジャンのモチベーションを上げるため、僕はマテと命じて、ジャンを止め、カナブンを回収し、ジャンをヨシヨシ・サガセと褒めて、ご褒美の砂肝ジャーキーの小片を与えました。

マイロはジャンがご褒美をもらうのを見たとたん、地鼻と高鼻を交互に使い、急に熱心に獲物を探し始めました。彼女なりに、捜さなければならない獲物を把握した様でした。やがてマイロは街灯の下の落ち葉に隠れていた大きなカブトムシを見つけました。僕はカブトムシに咬み着こうとするマイロに、マテと命じ、ジャンの時と同じように、ヨシヨシ・サガセと褒めて、ジャンに与えたのより大きな砂肝ジャーキーを与えて、カブトムシを回収しました。

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時には地元の同業者と鉢合わせする事もあります。マイロが見つめているのはヒキガエル。彼らも電灯に飛来する昆虫を捕食するために、夜街灯の下にやってくるハンターです。ちなみにヒキガエルには「ブフォトキシン」と言う猛毒があるので、犬が咬まない様に教えておく必要があります。

それから2匹は、次々とカブトムシやクワガタムシを見つけ始めました。おもしろいのは、マイロもジャンもカブトムシやクワガタにはすぐに咬み着かなくなり、少し距離を置いて、鼻面を向けてポイントするような仕草を見せた事です。これは、最初に鼻面を近づけ過ぎ、とげだらけの脚で蹴られたため、危険な相手と学習したからのようです。そして2匹の鼻面が示す先の交点には、必ずカブトムシやクワガタが隠れていました。

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鳥猟と同じ要領で、犬2匹に獲物のカブトムシをポイントさせると、彼らの鼻面の延長線の交差する場所にカブトムシがいる事が分かります。

僕はこのカブトムシ狩りを、雨が降らなければ、毎年6月末から9月中旬まで、マイロとジャンに手伝わせ、毎晩近くの森林公園で繰り返しています。森林公園には、立派な捕虫網と大きな懐中電灯を持った親子連れが毎晩数組やってきますが、今のところ犬を使っているのは僕だけの様です。気になる猟果ですが、毎晩散歩がてらに日没直後から1時間ほど「カブトムシ狩り」をやるだけで、少ない時で2-3匹、多いときは10匹以上のカブトムシやクワガタを見つける事が出来ます。

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今夜の獲物はカブトムシのオスが3匹、メスが1匹、ノコギリクワガタが1匹でした。都内23区の公園緑地で、1時間強の間にこれだけの昆虫を採集するのは視力の落ちた僕では難しいと思います。猟犬の協力があってこその採集結果でしょう。

 

一方人間だけで採集をやっている親子連れは、全く採れないか、採れてもせいぜい一匹だけと言う人たちが多い様でした。これは街灯に飛んで来たカブトムシが、街灯の下の落ち葉にすぐ隠れてしまうため、人間の目では見つけられないせいかも知れません。カブトムシは望んで街灯にくるわけではありません。人間の都合で作った明るすぎる街灯の被害者なのです。僕は毎晩、マイロとジャンが見つけたカブトムシを虫取りの親子連れに進呈して帰宅します。放置して翌朝カラスの餌食にしてしまうよりは、親子で大切に飼ってくれる人にあげた方がカブトムシも幸せだと思うからです。夏休みが終わり、もらい手がいなくなると、メスを自宅に持ち帰り、産卵させて幼虫を同じ森に帰すこともしています。

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夏の夜のカブトムシ狩りのもう一つの成果がこれ、疲れて横たわるジャックラッセルテリアたちです。通常の散歩だと数時間歩いても元気に帰宅するマイロとジャンだが、五感を総動員して行う狩りは、カブトムシ相手でも結構疲れるようです。これで今晩はおとなしく寝てくれる事でしょう。

 

僕は昨年なじみになった子供たちから「カブトムシ犬のおじさん」と呼ばれる様になりました。マイロとジャンは夏の間だけキツネ狩り犬からカブトムシ狩り犬になるわけです。毎年6月の終わりからカブトムシ狩りを始め、毎晩数匹ずつのカブトムシを見つます。マイロとジャンがいなければ、こんなにたくさんのカブトムシを見つける事はできなかったでしょう。改めてジャックラッセルテリアの猟犬としての能力の高さに感心しています。これを読んでいる猟犬の飼い主さんも、今年は犬と一緒に昆虫採集にチャレンジされてはいかがですか?

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7 礼儀正しく振る舞える犬にするには?

礼儀正しく振る舞える犬にするには?

                             

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例えば前回紹介した脚側歩行訓練をマスターした犬なら、どんな場所でもリードを持つ人に合わせてくれる。写真は公園の遊具の急な斜面を子供と一緒に駆け下り、最後は子供に合わせて一緒にジャンプしているジャックラッセルテリアのジャン。

自分の飼い犬を公共の場所で礼儀正しく振る舞わせる、これは東京の様な都市部で犬を飼う以上必須のことだと思います。しかし日本は地方条例で「犬を引き綱から放してはいけない」などの公的規制は厳しいものの、こと犬のしつけと訓練に関してはかなり甘い国だと思います。

この頃家の近くで良く見かけるのは、巻き尺式の長い引き綱に犬を繋ぎ、数mもの長さで犬を自由にさせて散歩している飼い主さんの姿です。これは一見すると、日本の地方条例の中で、出来るだけ犬に自由に振る舞わせようとする優しい行為にも見えますが、そういう散歩の仕方をしている犬に限って、他の犬にいきなりとびかかりそうになったり、見知らぬ人や物音にやたらと吠えたりする犬が目立ちます。これはなぜでしょうか?

 

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飼い主が挨拶を交わした人が連れている大型犬(ラブラドル犬とシェパードのミックス)に、耳を引き、下から礼儀正しく挨拶しているマイロとジャン。 

以前脚側歩行の説明で書いたように、散歩の時に常に犬に飼い主の前を歩かせる習慣を付けていると、犬から見た飼い主は、犬から大して自己主張をしない存在と見なされ、犬より弱い立場に陥りやすいのです。

犬の祖先のオオカミは、移動の際、上位者が下位者に先行する習慣を持っています。これは群れの中でより強く経験豊富で、判断に優れた個体が先行する事で、獲物や敵に対する群れ全体の対応をスムースに行うためだと僕は考えます。つまり経験豊富でリーダーシップを発揮出来る上位者が先行するのが、群れで暮らすオオカミの重要な生き残り戦略の一つだと言う考え方です。

 

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マイロを怖がって吠えまくるチワワに対して自らおなかを出してなだめようとしているマイロ。訓練で教えた行動だが彼女は自分を怖がる犬を宥めるために自分からこのポーズを使うようになりました。

 飼い主と飼い犬の関係でも同じような事が言えると思います。散歩の際に常に飼い主の前を歩く習慣のある犬は、心理的に上位者として振る舞う様になります。上位者である犬は、向こうからやってくる他の犬や、見知らぬ人、大きな音を立てて走るクルマなど、あらゆる懸案事項に飼い主より先に対処する事を求められます。その結果、社会化が不十分な犬の場合、前から来る犬や人が少しでも敵対的だと感じると、恐怖の裏返しで、威嚇の吠え声を上げて遠ざけようとしたり、頼りにならない飼い主以外の、そこにはいない仲間を呼び寄せようと招集の吠え声を上げたりします。ある意味、散歩の時に、常に犬に前を歩かせている飼い主さんは、犬に「おまえが上位者なのだから、自分の判断で行動しろ」と強いている様なものなのです。これは人間より小柄な犬にとっては、かなりのストレスになるはずです。

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ジャックラッセルテリアとピットブルテリアは、複数の国で咬傷事故の上位にいる、ある意味「危険」と見なされる犬たちだが、ジャンも相手の犬も、小さい頃からドッグランで取っ組み合い遊びを繰り返し十分社会化できている犬なので、飼い主がついていなくても、フレンドリーに挨拶を交わし危険なそぶりは全く見られません。これは幼少時の社会化さえ十分なら、危険な犬種などないと言う傍証になる例だと思います。

 反対に散歩の時、常に飼い主の脚側より後ろを歩く習慣がついている犬は、飼い主を自分の上位者と見なし、相対するあらゆる事象への対応を、飼い主に任せて下位者の地位に落ち着く事が出来ます。たとえば人間である飼い主が、前からくるよその犬に敵対的な態度をとらず、相手の飼い主とも友好的に挨拶をすれば、下位者である犬も、飼い主の行動に従い、フレンドリーに相手の犬に挨拶する事が出来ます。こうした犬の心理は、群れで獲物を倒して暮らしてきたオオカミたちから引き継がれた半ば生得的なものだと思います。ある意味犬は社会性を持ち、きちんと上下関係を守る事が、生死や狩りの成否に大きく影響していたオオカミの習慣を今も守っているのです。

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こちらは公園の遊具の急斜面を登るジャンと子供。こうした場面で犬が斜面を一気に登ろうとすれば、リードを持つ子供は引き倒されて怪我をするかもしれない。リードを持った人に犬が歩調に合わせて歩く脚側歩行訓練は、階段や斜面の上り下りを一緒にやってみると、その完成度がわかりやすいです。

 この犬の上位者に従って行動する心理を応用すれば、他の犬に対する衝動的な攻撃や、見知らぬ人に対する吠え掛かりや、突然の攻撃と言うトラブルも、飼い主の意志に犬を従わせる事で防止できます。つまりオオカミの持つ強い上下関係を、飼い主と犬の間で構築できれば、他の犬や人とのトラブルを上手く避ける事が出来るようになるのです。飼い犬の多くは、オオカミのネオテニー版と見なす事もできますから、飼い主と飼い犬の関係は、異種とはいえ義理の親子関係と見なす事が出来ると思います。

この上下関係=親子関係を構築する具体的な方法の一つが、リードと首輪を使って脚側歩行訓練を行うと言うことでした。それ以外で有効な訓練の一つが、例えばツケ(ヒール)の一言で、犬を脚側に着けて静止させる訓練です。こんな風に自分の飼い犬を常に礼儀正しく落ち着いて行動できる犬にする方法について、次回以降も考えて行きたいと思います。

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通りすがりのよちよち歩きの赤ん坊が「わんわんをよしよしする」と言いながらいきなりマイロとジャンに手を伸ばして来ました。外面だけは可愛いジャックラッセルテリアだけに、こうした事は日常的に起こります。こんな時はツケ(ヒール)で脚側停座と静止を命じ、幼児が犬に触っている間、行儀良く座って待てる様にしておきたいものです。

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6 呼べば必ず戻る犬にするには?

呼べば必ず戻る犬にするには?

                             

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呼び戻し訓練が確実に入れば、ドッグランの中で他の犬と遊び回っているジャックラッセルテリアをツケの命令だけで脚側に呼び戻し静止させる事もできます。しかしこの犬種の場合、ちょっとしたミスが呼び戻しを困難にしてしまう事があるのです。 

ドッグランなどでジャックラッセルテリアの訓練をしていると、しばしば同じ犬種の飼い主さんから質問されるのが「呼び戻し訓練」です。今まで質問を受けたどの飼い主さんも、この犬種はリードから放すと、いくら呼んでも帰って来ないので困る、とおっしゃっていました。僕も初期の訓練で失敗すると、ジャックラッセルテリアの呼び戻しは難しくなると感じています。原因は、この犬種が強く持つ独立独歩のテリア気質と猟欲の強さのせいもありますが、大半は訓練初期に訓練手がおかす、ちょっとしたミスのせいだと思います。僕自身もマイロの呼び戻し訓練で失敗した事があります。今回はジャックラッセルテリアのマイロで失敗した経験を元に呼び戻し訓練について考えて見ます。

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呼び戻しの初期訓練を受けるマイロの義理の弟犬ジャン。最初はリードに繋いだまま、手元に呼び寄せ、笑顔で褒め餌の報酬を与えます。こうして飼い主の命令で戻れば、必ず良いことがあると学習させるわけです。 

僕は犬の訓練で呼び戻しが重要なのは、犬が反社会的な行動や、飼い主にとって困る行動をとろうとした時、犬を飼い主の制御下に呼び戻す事で、その行為を止める為と考えています。つまり犬をリードから放して自由に遊ばせたければ、呼び戻しは必須の訓練と言う訳です。

近年、都市部の公園緑地で犬の放し飼いに対する規制が強まったのは「呼び戻しも効かない犬をむやみに放す無責任な飼い主が多く、咬傷事故が増えたから」と言う管理者側の言い分もあります。逆の見方をすれば、飼い犬のすべてが、飼い主の脚側について歩き、何かあっても確実に呼び戻せる様になっていれば、地方条例における「犬の放し飼い禁止」を撤廃させる事も出来るかも知れないのです。

 

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子犬時代のマイロは、呼び戻し訓練もすぐ覚え、リードなしでも確実に駆け戻る犬だったが、僕のちょっとしたミスで、呼んでも帰らない犬になっていた時期がありました。 

子犬時代のマイロがスワレとマテの訓練を覚えたところで、僕はコイも一緒に教え始めました。犬の呼び戻し訓練の始め方は簡単なものです。最初は普通の長さのリードに繋ぎ、対面でスワレを命じ、次に手のひらをマイロの鼻面の前に突き出してマテを命じます。マイロがマテに従っておとなしく座っていられたら、手の平をマイロに向けたまま、マテと繰り返しながら、リードいっぱいの長さまでゆっくり後ろに下がり、そのままマイロが座って待つ事に耐えられる限界まで待ちます。

マイロはじっと座っている事に十数秒で飽きてしまい、もじもじ立ち上がろうとします。その瞬間を逃さず、コイと呼びながらマイロをリードで引き寄せます。マイロはじっと座っているより、僕の方にやってきて構ってもらう方を選び、小走りに駆けて来ます。マイロが手元に来たら、ヨシヨシ・コイと彼女がやってきた事を笑顔で褒めながら、マイロの好きな撫で方でなでてやり、必要ならご褒美の餌を与えます。

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リード無しの呼び戻し訓練も、最初は地味に短距離から少しずつ距離を伸ば

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して訓練します。最初は数回でもうまくできたら、すぐに訓練を終わりにして、犬と遊びます。 

この呼び戻しの訓練を、マイロの集中が続く短い時間、毎日数回、数分ずつ繰り返し行い、次に長めのリードで訓練し、さらに短距離でリードなしでもマイロを呼び戻せる様に教え、最終的にはマイロが遠くにいてもコイと言う声符と手で招く視符で僕の元まで帰ってくる様に訓練しました。マイロは、僕に呼ばれて帰ると、常に笑顔で褒めてもらえ、餌ももらえると言う正の学習によって呼び戻し訓練をマスターする事ができました。

これでマイロの呼び戻しの訓練は上手くいったと思ったのですが、ちょっとしたきっかけで、マイロは呼び戻しに従わなくなってしまいました。僕も最初はその原因が分かりませんでした。

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理由は分からないが、この訓練にほとんど参加していない家内が呼び戻すと、マイロもジャンも大喜びで駆け戻ってきます。彼女の家庭内での地位は高く、犬たちを強く叱る事がないので、犬にとって優しい母親の地位を占める事に成功しているのかも知れません。

 最初のきっかけは、ドッグランに連れて行き、犬同士で遊ばせている時に、マイロが柴犬の成犬に尻尾を咬まれてしまった時だったと思います。僕はマイロを呼び戻し、ベンチに座らせてリードに繋ぎドッグランから出る事にしました。マイロがあまりに興奮していたので、それ以上他の犬と遊ばせるのはまずいと思ったのです。

ところが、次にドッグランにいくと、マイロはリードから放したとたん、一目散に駆けだして行き、僕が呼んでも帰って来なくなってしまいました。僕はマイロの呼び戻しをやめてベンチに腰掛け、彼女の方を視線だけで追いながら、しばらく見守る事にしました。この時は呼び戻しをかけたけど戻らずに済んでしまった、と言う間違った学習をさせない様にするだけで精一杯でした。

やがてマイロは遊ぶだけ遊ぶと、頭を下げ、耳を引き、尻尾を水平にして僕の近くにやってきました。彼女なりに反省して服従姿勢を見せているようだったので、僕はコイとマイロを呼び、手元に来たところでヨシヨシ・コイと褒めてやり餌も与え、リードに繋ぎドッグランを後にしました。

その後1ヶ月ほど、マイロをドッグランに連れていくたびに、同じような事が繰り返されました。マイロは一旦リードから放されると、自分が遊び飽きるまでなかなか呼び戻しに従いませんでした。当初僕は柴犬との取っ組み合い遊びを呼び戻して止めた事で、マイロが呼び戻しを好ましくない事と覚えてしまったのかと考えました。しかし遊び相手がいない時に、ボールを使ってリトリーブ遊びをしている時も、マイロはボールを持ち帰る時は確実に戻るくせにボールなしの呼び戻しには従いませんでした。この事から、僕は何か他に原因がありそうだと考え始めました。

僕は試しに、マイロが遊び疲れて帰って来たとき、マイロ・コイと呼んで、ベンチに並んで座らせ、身体を撫でてやるだけで、リードに繋ぐ事をせず、餌と水を与えヨシヨシ・コイと褒めるだけにしてみました。マイロは少し休むとすぐ元気になり、また遊び相手を捜しに行きました。そんな事を数回繰り返してから、僕は思いきってドッグランの端に座り込んでバンティングしているマイロに呼び戻しをかけてみました。マイロはトコトコと小走りに駆けてきて、僕の前に自分から座りました。

これで、マイロが呼び戻しに従わなくなった訳がなんとなく分かりました。マイロは呼び戻されるとリードに繋がれドッグランを出なくてはいけない、つまり、呼び戻しに従うと、それで楽しい遊びが終わってしまうと、誤った学習をしていたのです。

Image042呼び戻し訓練と停座待機が確実にできる様になると、こんな事もできます。写真はドッグランの中で遊んでいたマイロとジャンを家内が呼び戻して、首輪を付けようとしている所。

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2匹ともおとなしく座り、首輪を着けてもらうのを待っています。もし脚側歩行訓練で使ったハーフチョーク首輪を嫌っているなら、こうした態度を取ることもないでしょう。

 

マイロもジャンもおとなしく座って待つだけでなく、首を差し出して積極的に首輪を付けやすくしています。見方を変えると、これは自分の首を絞める事のできるハーフチョーカーを自主的に着けてもらおうとしている事になるでしょう。彼らはハーフチョーカーによる訓練を、自ら受け入れ、上位者である家内が首輪を着ける事を必要な事、または上位者の権利と理解している事になるのだと思います。-目次はこちら-

5 犬のリーダーになるために

犬のリーダーになるために(脚測歩行)

                             

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脚側歩行訓練をきちんと教えた犬は、リードの有無にかかわらず、飼い主が命じれば脚側について飼い主を追い越さない様に歩く事ができます。日本は地方条例で、公園緑地などで犬をリードから放す事を禁止しているが、全ての犬がこんな風に行儀良く散歩できれば、そうした制限もなくせるのではないでしょうか?写真は代々木のドッグランの中で家内の命令に従いヒールポジションで歩くマイロ。

 ジャックラッセルテリアと言う、気性の荒いキツネ狩りの猟犬を2匹飼って見て、この犬の訓練で特に重要と思われた3つめの訓練が、今回ご紹介する脚側歩行訓練です。僕は今まで自分の犬として9匹の犬を飼い、米軍が置き去りにした犬たちや、捨て犬たちの再訓練のお手伝いもしてきました。その経験から、訓練手の言うことを聞かなくなってしまった成犬でも、短期間に訓練手に従う様にできる訓練の一つが、この脚側歩行訓練だと考える様になりました。

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僕は脚側歩行訓練の重要性を群れで暮らす狼の行動から学びました。写真にようにアルファ牡が移動している時、下位の牡狼はその順位に従い、きちんと後からついて行くからです。

僕は、脚側歩行訓練の重要性を群れで飼われている狼の行動から学びました。たとえば、つがいの狼と、その子達から構成される狼の群れが活動している時間帯に数時間かけて観察すると、最上位者である夫婦のアルファのどちらかが目的を持って移動しているとき、両者を無視して追い越す狼がほとんどいない事がわかりました。まれにアルファを追い越し、アルファの向かう方向に先行する下位の狼がいると、アルファは怒りの声をあげ、相手の狼のマズルや首筋に咬み着きます。そして咬まれた狼は、尻尾を股の間にたくし込み、耳を引き、全く逆らわずにアルファに押し倒されてしまうのです。しかしこの観察は滅多にできません。そのくらい狼の上下意識は厳しいものなのだと思います。

また、雌雄どちらかのアルファが目的を持って移動を始めると、近くにいる下位の狼が追従して移動を始める事が良くありました。この時アルファの耳と尻尾は高く上がっていますが、追従する狼はその地位を反映して耳を寝かすか、尻尾を下げて着いて行きます。これらの観察から、アルファ狼が目的を持って移動するとき、下位の狼が許可無くアルファを追い越す事は許されないこと、アルファの後ろについていく狼は、服従姿勢を取り、自ら下位である事を示すことが分かりました。これらの順位行動はオオカミにとって社会生活を行う上で重要な事なのだと思います。


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家内は非力なのでマイロの訓練にはフルチョークの首輪を使いました。脚側歩行訓練中に前に強引に出る犬には、犬を確実に止める事ができる強さで瞬間的にリードを引き、定位置に戻して歩き続ける事が重要です。犬は上位の犬に首を咬まれて叱られた時と同じ反応を見せ、短時間で訓練手に従う様になるからです。

一方我が家のジャックラッセルテリア、マイロですが、しつけ役になってくれた狼犬のおかげでやっと甘咬みを覚え、人間の手足に傷を負わせるような強さで咬みつかなくなった生後4ヶ月の時点でも、僕はまだ彼女の上位者になれた実感がありませんでした。マイロは毎日取っ組み合い遊びをしてくれる若い大型犬たちには、姿勢を低くし、耳を引き、下から見上げる様な姿勢で、上位者に対する挨拶をする様になっていました。しかしマイロは僕に対して同じ挨拶をしませんでした。たとえば僕が帰宅すると、マイロは毎回僕を玄関まで出迎えに来ましたが、耳は逆三角形に立てたまま、四肢を踏ん張り、尻尾をピンと立ててゆっくり歩いて来たのです。この態度はせいぜい僕を同等くらいに見ている犬の振る舞いに見えました。

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反対に脚側歩行訓練中に何かに気を取られついてこない時は、犬がついてくるような強さで引いて、そのまま歩き続ける。この2つを繰り返すだけで、ジャックラッセルテリアの様な気性の荒い犬でも、短時間で脚側を歩ける様になっていきました。もちろんちゃんと歩けたときは一ブロック歩くごとに餌の報酬をあたえました。 

マイロを散歩に出す時は、もっとはっきり上下関係が出来ていない事がわかりました。マイロは他の犬たちと遊べる広場に向かう時は、積極的に歩き、時には排泄さえせずに、目的地まで一気に駆けて行こうとしました。しかし家の周辺を歩く散歩では、マイロは気になる嗅跡や猫や野鳥を見つけるたびに、全体重をかけてリードに逆らって立ち止まり、匂いや獲物と感じた対象を調べ終わるまで僕について歩く事を強く拒否しました。さらに散歩中に、マイロの知り合いの犬や人が通りかかると、リードを振り切る様な勢いでいきなり駆け出す事もありました。この様に、マイロは散歩の途中で自分の興味を持ったものや自分の目的を優先して、僕の命令を無視する事が良くありました。この状態をなんとかしないと、僕はマイロの上位者になれず、これ以上の訓練も上手く行きそうにないと思われました。

 

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一見すると普通の犬の散歩風景に見えるが、実はジャックラッセルテリアを2匹一緒に、自分の脚側より確実に後ろを歩かせる事のできる飼い主さんは少ないと思います。反対にここまで訓練が入れば、毎日十キロにも及ぶ散歩もそれほど苦にならないはずです。

僕は犬の祖先は狼だと考えています。そして犬の行動の大半が狼から引き継がれたものだとも思っています。さらに狼犬と仲良く遊ぶマイロの姿を見て、外観が大きく違っても、獣猟犬であるジャックラッセルテリアは、その行動原理は祖先の狼に近いと感じました。一応訓練によってスワレに従う様になったマイロですが、僕を確実に上位者=彼女の親代わりと認めさせ、命令に確実に従う様にするには、さらに他の訓練が必要だとも思いました。僕自身はそれまで、狼の群れの観察から考え出した「飼い主の前を歩かせない」服従性強化のための脚側歩行訓練を、ほとんどの犬に行ってきました。ただし、この訓練は強制を伴うため、通常は生後6ヶ月を過ぎた犬に行っていました。しかしマイロの場合は、彼女自身のアルファ気質と幼時の社会化の遅れから、自然に上下関係を構築するのは難しいと考え、生後4ヶ月から脚側歩行訓練を開始する事にしました。

 

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僕はマイロの脚側歩行訓練を生後4ヶ月くらいから始めました。理由は彼女の社会性の欠如と著しいアルファ気質対策です。今ではマイロも家内か僕が命じれば、きちんと脚側を歩き、ヒールポジションで停座待機もできます。あきらめない事、これがジャックラッセルテリアの訓練で一番大切は事かも知れません。

 僕はマイロの脚側歩行訓練に、ハーフチョークと呼ばれる訓練用の首輪を使いました。家内は非力で腱鞘炎になりやすいためハーフチョーカーではマイロを止めることが出来なかったためフルチョークを使いました。

 首を絞めるチョークを使う訓練を残酷だと言う人もいますが、僕は何度か犬を繁殖した経験と米軍置き去り犬を再訓練した経験から、この方法が大抵の犬に受け入れられ易い訓練方法だと考えています。

理由は、母犬や子犬と遊ぶ年上の犬が、子犬を叱る時、素早く首を一咬みする方法を良く使うからです。この大人犬のしつけ方を人間が素手でまねるのは困難ですが、チョーク首輪の訓練は母犬が行う首への素早い一咬みと同じ効果を犬にもたらします。またハーフチョーカーなら締め付け量を調節可能なので、小型犬や幼い犬を含め、たいていの犬に使えると思います。

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帰宅した僕に、耳を引き、姿勢を低くして出迎えの挨拶をするマイロ。訓練を始めた頃のマイロとは大違いの従順な態度です。 

チョークを使う訓練にはコツがあります。一番のコツは犬が飼い主の命令を無視して前に出て矯正が必要な時に、一瞬だけチョークをかけ、素早く定位置に戻し、犬がきちんと歩けたら笑顔と声ですぐ褒め、犬がきちんと従ったら餌の報酬を与えるというものです。犬の首を絞めるのは可哀想だとゆっくり引いたり、中途半端に引いたりするのは効果がないばかりか、犬の首を絞め続ける事になるので逆効果だと思います。

なにより母犬が子犬を叱る時の咬み方は電光石火の早業なのです。つまり、訓練対象の犬を、子犬や下位の狼と見なし、母親や狼のアルファが行う叱責の一咬みを、人間がまねる事が出来る方法が、チョーク首輪による訓練だと僕は考えているのです。

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脚側歩行訓練が完成すると、2匹以上の犬をリードなしできちんと脚側につけて散歩できる様になります。写真は大井のドッグランで撮影。 

マイロは、チョーク首輪とリードによる矯正をすんなり受け入れました。僕はマイロを左脚側に着けて左手で太腿の外側をたたいてマイロの注意を促して歩き始め、散歩の途中でマイロが立ち止まっても、先行しようとしても、ツイテと共通の声符をかけながら、一瞬だけチョークしてマイロを定位置に戻し、そのまま歩き続ける訓練を続けました。

彼女がちゃんと歩けた時はヨシヨシ・ツイテとこまめに褒め、折り返し点では餌の報酬も与えました。この訓練を始めて1週間くらいすると、マイロは帰宅した僕を、耳を引き姿勢を低くして出迎える様になりました。この振る舞いの変化は、脚側歩行訓練によってマイロが僕を上位者と認め始めた兆候だと思われました。 -目次はこちら-

4.スワレを教える

スワレを教える

                             

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マイロも今では、家内か僕がスワレと命じれば、その場で停座待機の姿勢を確実に取る様になりました。しかし初期の訓練で彼女がスワレと言われて座る様になるまで2週間もの期間が必要でした。

犬の訓練の基礎となる、スワレ(停座)の訓練では、犬は飼い主に命じられたら、対面・脚側さらに飼い主から遠く離れた位置にいても、その場に座り静止する様に教えるべきだと思います。しかし対面と脚側の停座を教える飼い主さんは多いのに、遠くにいる犬にその場で座る事を教える飼い主さんは意外と少ない様です。

元々ジャックラッセルテリアの様に活発な犬の場合、障害飛び越しや物品持来などの動的な訓練は入り易いのですが、スワレの様な静的な訓練は入りにくいと思います。しかしジャックラッセルテリアの様な犬にこそ、スワレの訓練は重要だと思います。

犬が浮かれ騒いで周囲に迷惑な時、あるいは他の犬に対する攻撃的な振る舞いを止める時、スワレでその場に座らせ、ツケで脚側に確実に呼び戻して、解除命令を出すまで停座で静止させる事ができれば、飼い主は犬を命令によって落ち着かせ、トラブルを回避することができるからです。この様にスワレは犬の訓練の基本中の基本です。

残念ながらマイロは、この犬の訓練の基本であるスワレにさえ容易に従わない犬でした。

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あまり従順でない犬にスワレ(停座)の訓練を行う時、最初は犬が少し怖がるくらいの高さのある場所で行うとうまく行く事があります。マイロの場合は地上3メートルくらいある、この公園の遊具の上が「少し怖がる」下限の高さの様でした。

従順な犬の場合、スワレの訓練は首輪にリードを繋ぎ、左脚側に犬を立たせる所からはじめます。犬の首を少し吊り上げ気味にして、犬の腰を下に押し下げながらスワレと命じると、たいていの犬は訓練手が要求している事を悟り、スワレの姿勢を取ります。この時、補助動作とスワレの声符(言葉の命令)を関連付けて学習させれば、犬は短期間でスワレの声符で座るようになり、さらに人差し指を立てるスワレの視符(仕草の命令)も、すぐに覚えてくれるものです。

ところがマイロは首を吊り気味にするとジャンプして唸りながらリードに咬み着き、腰を押し下げようとすると、身体をひねって腕に咬み着いて来ました。僕はこの方法を1週間試しましたが、全く進展が無かったので、他の方法に切り替えざるを得ませんでした。

試したのは、マイロを室内で自由にさせている時、たまたまマイロが座るタイミングを逃さず、マイロ・スワレと声をかけ、立ち上がらすに座っている様なら、ヨシヨシ・スワレと笑顔で褒め、マイロが座った姿勢を維持する様に、餌を与えながらマイロの背を優しくなでる方法でした。

この方法はマイロが自主的に座らないと出来ないので、訓練の機会は偶然にたよるしかなく、手間と時間がかかりますが、彼女自身従順さに欠けるかわりに学習能力は異様に高かったので、すぐにスワレと言う声符で座る姿勢をとると、僕に褒めてもらえ、上手く行けば餌ももらえる事を学習した様でした。僕はこの様にマイロが自主的な座る動作にスワレの声符を関連付けて学習させる方法で、1週間ほどかけてスワレの訓練を続けました。

次に声符と視符で対面に座らせる訓練を始めました。餌を掌に持っているところをマイロに見せてから、マイロに対面して立ち、餌を持っている手の人差し指を立て、マイロの視線と視符と僕の視線を一致させてマイロの方にゆっくり近づきました。マイロは常に強気の犬なので、こちらがゆっくり近づけば、後ろに下がらない事は確認済みでした。その性格を利用して、餌を持った手と顔でマイロに覆い被さる様にして、マイロが僕を見上げ続けるにはスワレの姿勢をとらざるを得ないようにしました。そしてマイロが尻餅をつくように座ったタイミングを逃さずマイロ・スワレと命じました。マイロが座った姿勢を保つのを見届け、左手で背中を押さえる様に撫で、ヨシヨシ・スワレと笑顔で褒め、マイロが座った姿勢をしばらく維持できたら餌を与えました。

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あまり従順でない犬に座ったまま静止する訓練を行う時、もう一つ有効なのは、切り株の上など、座る姿勢が一番楽な場所に座らせる事です。この切り株は地上から60cmくらいの高さだが、座面はジャックラッセルテリアが座るといっぱいになるので訓練しやすいです。

 

対面停座の訓練の様子を再現したところです。この方法だと、マイロは尻餅をつくように座るので、座る姿勢は少し乱れるが、マイロの場合は、姿勢の正確さより、飼い主の命令に従って座る動作を確実に行う事を優先して訓練しました。

僕はこの様に手間と時間のかかる方法で、スワレの声符と人差し指をたてる視符と、座る姿勢を関連づけてマイロに学習させました。あとはこの反復訓練を毎回数分ずつ、マイロが飽きない様に、僕との取っ組み合い遊びの終わりに繰り返し、数日間続けました。

次の段階ではマイロを少し離れた所にリードで繋いで、距離が離れていても、スワレと命じられたら、常にその場で座る様に訓練しました。さらにリードから放した状態でも、スワレの声符と視符でいつでもその場に座る様に訓練して行きました。

こうして文章にすると簡単そうですが、実はマイロがスワレの声符と視符にいつでも従う様になるまで、まるまる2週間以上かかりました。正直、今までスワレを教えるだけで2週間も掛かった犬は僕も初めてでした。

餌を使って訓練する方法が一通りの成功を収め始めてからも、僕自身今まで使った事のない手法なので、やはり不安が残りました。そこで餌が無くてもマイロが訓練に従う様にするため、訓練の報酬の餌は最小限にとどめ、同時にほめ方と与え方を工夫しました。さらに他人からマイロが餌をもらう事は絶対禁止にしました。僕は元々犬に餌を与えて可愛がる行為は飼い主だけに許される特権だと思っています。そもそも犬が家畜化されたのは、人間が犬に食物を与え、すみかを提供するかわりに、犬が人間のために役に立つ働きをすると言う古い盟約があったからのはずです。飼い主以外の人が犬に勝手に餌を与えるのは、この盟約に反する行為です。こうして考えると、犬を訓練する際の餌の報酬は、本来自然な事なのかも知れません。

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自分の犬が遠くにいても、リードに繋がれていなくても、スワレの声符と人差し指を立てる視符でその場に座らせる訓練を行う飼い主さんは以外に少ないです。でもジャックラッセルテリアの様な活発な犬種にこそきちんと教えるべきだと思います。残念ながら、東京は公共緑地のほとんどで、犬を繋ぐ事を義務づけているので、こうした訓練はドッグランを使う必要があります。写真は駒沢のドッグランで命令に従いベンチの上に座るマイロとジャン。

もうひとつ犬が出来た事を褒めて訓練する「陽性訓練」では、飼い主の命令で犬が対応する動作をしたら、犬が出来た事をすかさず褒めるのが効果的だと思います。僕はマイロの訓練にあたり、褒めるタイミングだけでなく、彼女が何で褒められたかわかりやすい様に、褒める時は必ず声符を挟む様にしました。

たとえば、マイロ・スワレと命じて座ったら、笑顔でヨシヨシ・スワレと出来た声符を挟んで褒め、マイロが座った姿勢を維持しやすい様に背中を撫で、それから餌を与えました。これは日本語の文法としては変ですが、犬は元々人語を文法込みで理解している訳ではないと思いますし、マイロの場合は声符を挟んで褒める方が、ただヨシヨシと褒めるより、それぞれの訓練に対する反応が良かったのです。

スワレの訓練がだんだん確実になってきてからは、マイロがスワレの声符や視符に従う時間や確度に合わせ、与える報酬を変化させました。たとえば、スワレと命じてもすぐに座らなかった時は、しばらくマイロを無視しました。命令に従うまで時間が掛かった時は、立ったままヨシヨシ・スワレと笑顔と言葉で褒めるだけにしました。反対にスワレと命じた瞬間にピタッと座る事が出来た時は、ヨシヨシ・スワレと笑顔で褒め、マイロの横にしゃがみ、彼女が喜ぶ方法で撫でてやり、餌も与えるようにしました。

この様に、声符や視符に対するマイロの反応に併せて、ほめ方に差をつけ、餌を使ったり、使わなかったりする事で、マイロの命令に対する反応は良くなって行きました。

それでもスワレの訓練がいつでもどこでも確実に出来るようになったのは、マイロが生後4ヶ月過ぎの事でした。その頃には餌を使わなくても、僕はマイロをスワレの声符と視符のどちらにでも従わせる事ができるようになっていました。ともかく一つの訓練に時間がかかる犬だ、というのがマイロを訓練して強く感じたことでした。

でもジャックラッセルテリアの先輩の飼い主さんたちが言っていた様に、ほとんど、または、まったく訓練がはいらない犬、と言うわけでも無いように思えてきました。

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僕は東京の都市部でずっと犬を飼って来たので、スワレの訓練が完成したらヒールとともにスワレ・マテ・コイをセットで教える事にしています。飼い主の帰りを行儀良く待てる犬なら、老若男女を問わず迷惑がられる事はないと思うからです。-目次はこちら-

3.アイコンタクトを教える

アイコンタクトを教える

                             

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マイロと名前を呼ばれたら、すぐに飼い主の顔を見る。たったこれだけの事さえ、マイロはなかなかできませんでした。写真は訓練の様子を再現した様子です。

話は少し前後しますが、ジャックラッセルテリアのマイロが家に来て1ヶ月くらい過ぎた頃、僕はマイロに服従訓練を教え始めました。東京の都市部で犬と暮らす場合、犬は人とクルマなどの混合交通の中で、他の迷惑にならない様に行儀良く散歩したり、時には買い物につきあって、商店の前でおとなしく飼い主を待っていたりしなくてはなりません。そういう生活に欠かせないのが服従訓練だと僕は思います。

もう一つ、僕は犬というのは、いつも飼い主と一緒にいたがるものだと思っています。ですから、外出の際、行き先に犬を連れて行っても問題がなければ、いつでもどこでも犬を伴いたいと思っています。長時間拘束される勤め先は無理ですが、ひとりで買い物などに行くときなど、僕はどこに行くにも犬を連れて出かけます。そんな風に過密な日本の都市環境で犬が飼い主と幸せに暮らすには、犬自身がよそ様の迷惑にならない様、最低限の礼儀作法を身につけさせなければならないと言うのが、犬を訓練する初期目標になっています。

そして家庭犬訓練の最終目標は、初対面の幼い子供の相手を安心して任せられることだと思います。ここからしばらくは、その目標に向けて我が家のジャックラッセルテリアたちに行ってきた訓練の具体例を順番にお話したいと思います。

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日本の都市部で暮らす犬は、人と車などの混合交通の中で安全に散歩するために、さらに他の通行人に迷惑にならない様、最低限行儀良く散歩できなくてはならない、と僕は考えて訓練を行っています。しかし実際は脚側について行儀良くマイロが歩ける様になるまで、およそ1年以上の訓練期間が必要でした。

僕は犬の訓練を、条件反射による命令と動作の関連づけ学習から始めます。

学習方法には、出来なかった時に叱って改めさせる「負の学習」と、出来た時に褒めて強化する「正の学習」があります。僕自身は脚側歩行訓練以外では、ほとんどの場合「正の学習」を使います。その方が、犬が短時間で訓練に積極的に反応する様になるからです。

しかしジャックラッセルテリアのマイロについては、それまで使ってきた訓練手法が通じない事がしばしばありました。

訓練の最初に、僕がマイロに教えたのは、名前を呼ばれたら呼んだ人の顔を見ると言う単純な事でした。いわゆるアイコンタクトです。僕は犬の訓練では、このアイコンタクトとスワレを最も重視しています。

 

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ジャックラッセルテリアの様な、時に他の犬や人に脅威になりうる様な犬の場合、アイコンタクトによって、犬がくつろいでいても、浮かれ騒いでいても、飼い主に名を呼ばれたら、飼い主の顔を注視して、命令待ち状態にできなくてはならない、と僕は考えて訓練しています。写真は椅子の上でくつろいでいるジャンの名前を呼んだところ。考えたら、アイコンタクトさえ確実なら、犬の写真を撮るときのカメラ目線も簡単にできる訳です。 

アイコンタクトは訓練手が出す声符(声の命令)と視符(仕草の命令)を犬が確実に受けるために必要です。さらに、スワレ(停座)の姿勢は犬を命令待ち状態に保つ最高の姿勢です。ですからアイコンタクトとスワレさえ確実なら、他の訓練も容易に入ると僕は確信しています。

さらに、僕はマイロの訓練にあたって、過去訓練してきた犬たちではやらなかった事をたくさん試しました。一番大きな変化は訓練に食物の報酬(餌)を使う様にしたことです。これはマイロにスワレを教えようとした時、マイロが補助動作を全く受け付けなかった事から始めた事です。僕は1週間くらい補助動作での訓練をマイロに試し、全く進展が無かったので、何か良い方法はないか、知り合いの警察訓練士に相談してみました。

「新しく飼い始めた子犬がアイコンタクトやスワレさえできないのだけど…」

「う~ん、停座も出来ない犬なんているんだ。なんて犬種?」

「ジャックラッセルテリア…」

電話の向こうからブッと吹き出す様子が伝わってきました。そして苦笑しているのが丸分かりな口調で…

「あのさあ、あなたも犬知らない訳じゃないでしょ?なんでそんなやっかいな犬に手をだしたの?また捨て犬?」

「いやあ、家内が犬屋で一目惚れしてきて…」

「なるほど、ジャックラッセルテリアじゃあ急いで服従を教える必要があるよね、トリーツ使う方が早いと思うよ、どうせ猟犬にするつもりはないでしょう?」

訓練士はそれから、シドニーで見てきた植物防疫犬の訓練の話を聞かせてくれました。これは興味深い話でした。オーストラリアの植物防疫犬は大半がドッグシェルターから訓練士が選抜した犬で、訓練には全て食べ物の報酬を使っていたというのです。犬種はビーグルかその雑種が多く、成田の税関でも数頭オーストラリアから輸入したビーグルを使っていると言うことでした。

まさしく目から鱗の情報でした。僕はそれまで犬の訓練で餌を使う方法を試したことがありませんでした。それは餌で訓練した犬が、訓練士の餌よりおいしそうな食べ物に釣られ、命令を無視してしまう心配があったからです。でも植物防疫犬は、生きた植物だけでなく植物由来の食べ物も検査する税関の公的な仕事に就く犬です。そのプロの犬たちでさえ餌で訓練可能なら、家庭犬であるマイロの訓練に餌を使うのは問題無いと思えたのです。

 

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マイロより全ての訓練が容易に思えた弟犬のジャンだったが、実は彼がおとなしい犬だと言うのは、僕の勘違いだったかもしれないです。ジャンの訓練が早く入ったのは、姉犬のマイロの模倣だった可能性が高いからです。 

僕は最初、マイロにアイコンタクトを教えるために、マイロの近くにしゃがみ、低い姿勢から名前を呼んで、マイロが僕の顔を見たら、ヨシヨシと笑顔で褒め、マイロが好きな方法で撫でてやる事を繰り返しました。しかし周りに知らない人や犬がいたり、通りがかりの人がカワイイ!と声をかけたりすると、マイロは僕が名前を呼んでも、気づかないふりをするか、よそ見をする事が良くありました。こんな風にアイコンタクトが不確実では訓練の次の段階に進みにくいのです。

僕は訓練士の提案を受け入れ、爪の先くらいの乾燥砂肝を訓練の報酬に使う事にしました。餌を使うとマイロのアイコンタクトはほぼ確実になりました。これは餌を使っても OK ならたぶん誰でも出来る方法だと思いますので、簡単にご紹介しておきます。

まず初めに、僕は低い姿勢をとり、掌にのせた餌をマイロに見せて「マイロ」と名前を呼び、彼女がこちらをみたらマイロ・ヨシヨシと笑顔で褒めて近づき餌を与えました。この時も最初は指を咬まれない様、手の平から餌を食べさせる必要がありました。

次に手の平に乗せた餌を握る様子をマイロに見せてから立ち上あがり、マイロの周囲を、名前を呼びながら回り、こちらを向くマイロの顔と、餌を握った僕の手と顔の位置が常に一直線上になるようにしました。マイロは餌に注目しているので、僕の握り拳をじっと見つめ、その結果、名前を呼ばれるとすぐに僕の顔を見る様になりました。

マイロの視線がぶれない事を確認したら、もう一度マイロ・ヨシヨシと笑顔で褒め、マイロが視線を外さない事を確認しながら、姿勢を低くして餌を与えました。この方法を毎日数回、1回に数分ずつ、取っ組み合い遊びの後で根気よく繰り返したところ、1週間ほどで、マイロは餌が無くても、名前を呼ばれると僕の顔をまっすぐ見つめる様になりました。

これでマイロはアイコンタクトが確実に出来る様になりました。しかしマイロに次の訓練スワレを教えるのはもっとやっかいな事でした。

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ジャックラッセルテリアの訓練で僕が目標にしたのは、当たり前だがキツネ狩りの猟犬としての能力ではありません。初対面の幼い子供の相手を安心して任せる事ができる犬、と言うのが僕の最終的な訓練目標でした。何しろこの犬種はカワイイ外観とハイパーな性格のギャップが激しすぎます。訓練未了のジャックラッセルテリアは、たとえ敵意が無くても、いきなり幼児に抱きつかれたりしたら、反対に相手を押し倒してしまうでしょう。それは東京の様な人口過密な場所で犬を飼う以上許されない事だと思うのです。-目次はこちら-

2 マイロの咬み癖を直してくれた狼犬

咬み癖を直してくれた狼犬

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写真は若い狼犬の牝に挨拶行動を取るマイロです。人間から見たら似ても似つかない二匹ですが、行動そのものはよく似ていたせいか、大の仲良しでした。

 

群れで暮らすイヌの祖先であるオオカミが持っている攻撃抑制を、ジャックラッセルテリアのマイロに身につけさせる事ができれば、手に負えないほど気性の荒い子犬でも、むやみに人間の手足を咬むのをやめさせ、他の犬たちと仲良く過ごせる犬に育てられるのではないか? 

これがマイロと言うものすごい咬み癖のあったジャックラッセルテリアを飼って、初期のしつけに行き詰まった僕が考えた事でした。

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写真はマイロが初めてこの狼犬に会ってやったことです。マイロはいきなり狼犬ののど笛に咬み着いてぶら下がると言う乱暴を働きました。狼犬の牝は飼い主さんに良くしつけられ、きちんと社会化された犬だったので、マイロの振る舞いをお転婆な子犬がやる事としてすぐ受け入れてくれました。

 

進化の過程で、強すぎる攻撃能力を身につけた肉食獣は、儀礼的な順位闘争と攻撃抑制を平行して進化させないと、群れで暮らす事が困難になってしまいます。犬科の肉食獣は進化の早い時期に社会性を獲得したため、群れで暮らす種が多いですが、他の肉食獣に単独生活者が多いのはこのためと言われます。

マイロの場合は、繁殖犬舎からペットの量販店に至る流通経路を通る間、そして店頭で展示販売されている間、ずっとひとりで過ごして来たことが、元々攻撃性の高いジャックラッセルテリアの子犬から、初期の社会化の機会さえ奪い、マイロ自身でも咬む力を抑制できなくなったとものと思われました。

さらにマイロの行動を毎日何時間も一緒に遊びながら観察した結果、マイロは兄弟姉妹の中で次世代のリーダーになりうる性質、つまりアルファ気質を持っている様にも思えてきました。

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写真はマイロに咬まれた狼犬の口元です。良く見ると、マイロが咬み着いて犬歯で開けた穴が見えます。良くこんな乱暴な子犬の相手を毎晩の様に努めてくれたものだとこの狼犬の鷹揚な性格に感心してしまいます。

 

マイロの問題行動を群れで暮らすオオカミを観察した目で見直すと、オオカミの行動と重なる振る舞いがたくさん見つかりました。

たとえば餌を与え、毎日長時間一緒に遊んでいる僕に対してさえ、マイロはいきなり唸りながら突進してきて、思いっきり咬み着き、さらに咬み着いた相手を仕留めるかの様に、猛然と首を振って咬みちぎろうとするような仕草を見せるのです。これは明らかに挑戦と思われました。マイロの小型犬の子犬とは思えないほど荒々しい振る舞いは、家庭犬として見たら受け入れ難いものでした。しかしその行動の多くは、オオカミの群れの中の順位闘争と狩猟行動の萌芽そのものに思えたのです。

僕は社会化不足とアルファ気質の相乗作用で、ものすごい咬み癖を持ってしまったマイロの対策を考え始めました。まず失われた初期の社会化の埋め合わせになる経験をマイロに積ませなければなりません。幸いマイロはまだ幼かったので、生後四ヶ月以前の社会化期のうちに、大人犬たちから咬まれたり押さえつけられたりして、乱暴な振る舞いを叱られる経験を積めば、相手を容赦なく咬む悪い癖も矯正できるのではないかと考えました。

しかし人間である僕が、幼い子犬だったマイロにそれを教えるのは困難と思われました。なぜならマイロは僕が知っている子犬の叱り方や、訓練の補助動作を全く受け入れない子犬だったからです。

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写真は夜のドッグランで追いかけっこを楽しむマイロと狼犬です。二匹は大きさも姿形もかけ離れていましたが、その振る舞いの根本的な部分は良く似ていました。他の犬たちが遠巻きに見ている中で、激しい二匹の遊びが毎晩の様に繰り返され、やがてマイロも犬としての礼儀を身につけていきました。

 

最初にやったのは、まだ生後二ヶ月すぎだったマイロを、毎晩大型犬がたくさん集まる場所に連れて行き、マイロが少々咬み着いたくらいではびくともしない若い大型犬に遊んでもらうことでした。僕の予想通り、マイロは初めて会った大型犬たちを全く恐れず、いきなり飛びかかってじゃれつき、あまつさえ咬み着きさえしました。でもきちんと社会化され、攻撃抑制を身につけた大型犬たちは、子犬だとわかれば、マイロが乳歯で思いっきり咬み着いても、本気で反撃したりはしませんでした。

ある若い狼犬の牝は、他に遊んでくれる犬がいないことから、毎晩マイロと追いかけっこや取っ組み合い遊びを楽しむようになり、マイロがやり過ぎれば、素早く飛び越えながら蹴りをいれたり、抑制された咬みで、マイロを押さえ込んだりするのがとても上手でした。マイロ自身も、強く咬み着けば、地面にたたきつけられたり、咬み返されたりすると言う過激なしつけを繰り返し受けることで、生後四ヶ月すぎには、なんとか抑制された咬み=甘咬みが出来る様になっていきました。

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写真は拾ったポテチの袋を狼犬に見せて、ひっぱりっこに誘うマイロです。狼犬は袋の内側の光り物を嫌い、このときはマイロから逃げてしまいました。人工的なものを怖がらないマイロと、それを嫌う狼犬と言うのが、2匹の行動で唯一違って見える点でした。

 

しかし凶暴なジャックラッセルテリアの子犬のことも、良くできた姉の様に優しい狼犬の事も知らない他の飼い主さんが、たまたま2匹の取っ組み合いを見てしまうと

「あれ!止めなくていいの?!」

と、毎回の様に悲鳴混じりに言われるのには閉口しました。

狼犬は痩せているとはいえ、体重二十数キロ、肩高六十センチを越えていました。しかも戻し交配を繰り返した系統のため、狼率は九割を超え、見た目は狼と変わり無かったのです。

あまりに狼っぽい外観に育ったためか、彼女が成犬になってからは、周囲の犬たちが恐れるようになり、マイロが現れるまで、だれも彼女のそばに寄ろうとする犬はいませんでした。そのためか、狼犬も自分と同じような感覚で取っ組み合い遊びを仕掛けてくるマイロと遊ぶのを楽しみに、毎晩根気よくつきあってくれる様になりました。

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2時間くらい二匹で遊びまわり、そろそろ帰ろうとリードをつけても、マイロはまだ遊び足りない様で狼犬に飛び付いて誘いかけていました。こういう時狼犬は顔を背けマイロを無視する事で遊びの終わりを教えていました。

 

一方マイロは、その当時、体重三キロに満たない白いカワイイ子犬に過ぎませんでした。彼女も酷く咬み着いても逃げ出したりせず、毎晩楽しく遊んでくれる優しい狼犬が大好きでした。

同じように若いラブラドールリトリーバーやスタンダードブルドッグ、ボクサーなども、マイロとの際限のない取っ組み合い遊びに根気よくつきあってくれました。

この様に社会性豊かな大型犬たちに社会化期の後期にあたるしつけを手伝ってもらえたおかげで、マイロは幼少期に失った社会化の機会を何とか取り戻すことができました。この経験から、次の様な事が言えると思います。

ジャックラッセルテリアの子犬を飼って、手に負えない様な咬み癖や乱暴な振る舞いをする子犬に当たってしまったら、人間が行う訓練やしつけは後回しにして、犬相手の社会化から始めるべきだと思います。そのためにはリスクがあってもワクチン接種を早めたりして、一日も早く散歩に出せるようにすべきです。

具体的には、社会性を身につけた大型犬の飼い主さんにお願いして、取っ組み合いを含む、直接の触れあいを子犬にたくさん経験させる必要があります。そうした直接的な触れあいを通じて、犬の流儀でしつけてもらい、子犬自身に犬という動物は全て自分の仲間であり、むやみに攻撃してはいけない相手だと学習させるのです。

この社会化のやり直しは生後3ヶ月台の終わりにくる社会化の臨界期までに始めなくてはなりません。

この社会化さえ成功すれば、マイロの様なとんでもない問題児でも、その後のしつけや訓練は容易になると思います。

次からは、なんとか社会化が間に合ったマイロを、僕自身試行錯誤しながら、どんな風に訓練していったかについて書いてみたいと思います。

 

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写真は仲良く同じ水道から水を飲むマイロと狼犬です。こういう時も狼犬は順番を守るように指導してくれました。狼犬の左脚の付け根にもマイロが咬み着いて毛をむしりとった跡が見えます。一方マイロは激しい取っ組み合い遊びにもかかわらず、傷一つ負っていません。これはこの狼犬が高度な攻撃抑制を身につけた犬だったからできた事だと思います。-目次はこちら-

1 マイロとの出会い

ジャックラッセルテリア飼育奮闘記 1 (ver.4)-目次はこちら-

史嶋桂@小島啓史

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はじめに

一連の記事は、以前dogactuallyと言うブログメディアで公開されていた記事のうち、ジャックラッセルテリア飼育奮闘記として書かれた記事の最初の方をピックアップしてまとめなおしたものです。記事の著作権は著者である僕HN史嶋桂、本名小島啓史にありますが、記事の利用権はGREENDOGの親会社カラーズに留保されています。そのため無断転載引用改変しての再利用は全てご遠慮くださいとのことです。ちなみに文体がそろっていないのは、発表時期や発表媒体が異なるからです。統一してから公開しようとしましたがdogactuallyの閉鎖に間に合いそうにないので断念しました。読みにくい点もあると思いますが、あらかじめご了承ください。

 

2017/05/30

1 マイロとの出会い

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家内から写メールで送られて来たジャックラッセルテリアの子犬の写真はこんな感じでした。少しロンパリ気味で白地に茶色いブチの可愛い子犬。でもこの可愛い外観が曲者だったのです。

 

我が家では現在ジャックラッセルテリアと言う犬を二匹飼っています。ジャックラッセルテリアと言う犬種はちょっと前までマイナーな犬種でしたので、まずどんな犬が説明してみましょう。

外観は五十一%以上白いコートにタンやブラックのブチがある体重五から六キログラム程度の小型犬です。耳は半立ち耳で、見た感じはスムースのテリアとビーグルの中間くらいの感じです。知らない人がみたら、ビーグルの雑種?と思ってしまう様な犬かも知れません。

実はこのジャックラッセルテリアはイギリスの伝統的な年中行事である「キツネ狩り」の際にキツネを仕留める、つまり自力でキツネを咬み殺す事の出来る犬を目指して作出された生粋の獣猟犬なのです。

作出者は十九世紀の中頃、イギリスのデボンシャーに住んでいたパーソン(牧師)のジョン・ラッセルという方です。彼はキツネ狩りの熱狂的な愛好家でしたが、彼はそれまで使われてきたフォックステリアやフォックスハウンドではキツネ狩りには不十分だと考えました。そこで彼は、小柄な身体でキツネの巣穴に自在に潜り込み、キツネを追い出し、逃げようとするキツネに咬み付いて止め、必要なら馬について走り、一対一でもキツネを咬み殺せるくらいタフな犬をめざし、理想のキツネ狩り猟犬の育種を始めたのです。基礎犬になったのは、スムースのフォックステリアのトランプですが、これにウサギ狩りのビーグルや闘犬のブルテリアなど様々な犬が交配され育種が行われたと言います。

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マイロがおとなしく抱かれているのは食事を食べておなかがいっぱいになった時だけでした。

 

その結果生まれたのがジャックラッセルテリア(ジャックはジョンの愛称)です。つまりジャックラッセルテリアは、小さく可愛らしい外観とは裏腹に、本来獲物を狩る立場である肉食動物のキツネを狩って仕留めると言う、過激な狩猟のためにわざわざ育種された犬なのです。

その出自のとおり、ジャックラッセルテリアは不屈の敢闘精神を持ち、何者も恐れない強気の犬が多く見られます。また賢いキツネを見失わない様に、犬自身も問題解決能力に優れ、もちろん運動量も半端ではなく、咬み付く力も小型犬とは思えないほど強い犬です。

たとえば我が家のジャックラッセルテリアたちは、咬み着き懸垂が数十回出来ます。闘犬以外で、これほど強い顎と牙の力を持った犬は希だと思います。

自分で飼っていてなんですが、ジャックラッセルテリアは本来キツネ狩り専用の犬です。ですから家庭犬には向かないと思います。そんなジャックラッセルテリアが日本でも飼われる様になった理由の一つは、この犬の特異なキャラクターに目を付けた映画会社が映画の重要な脇役としてジャックラッセルテリアを採用したから、あるいかこの犬のかわいらしさに目をつけたコマーシャルフィルムメーカーが複数現れたからかも知れません。

有名なところでは、ジムキャリー主演の『マスク』と言う映画で副主人公並の活躍を見せたマイロと言う犬がいます。

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家族が構ってくれないと、マイロは人間の匂いがついたベルトやスリッパなどを唸りながら攻撃していました。所有権が移ってしまうと、取り上げるのも一苦労でした。

 

我が家でこのジャックラッセルテリアを最初に選んだのは、僕の家内と子供です。 

どうも彼らもカワイイ外観と仕草に惹かれて選んでしまった様です。2005年6月に、それまで飼っていた紀州犬のブランと言う犬が十五歳で死んでから、我が家は犬がいない状態が続いていました。半年すぎて犬がいないとやっぱり寂しいなと思い始めていたクリスマスの少し前、家内からいきなり子犬の写メールが届きました。

携帯の画面には白いコートに、目と耳の周りにタンのブチがあるヒラメ顔の子犬が写っていました。

「犬買ったから週末に引き取りに行くね」

「なんて言う犬?」

「ジャックラッセルテリア、かわいいよ~!」

そういうメールのやりとりがあったと思います。

僕にとっては急な話だったので、泥縄でジャックラッセルテリアについて調べてみました。僕自身はそれまで七匹の犬を飼ってきましたが、テリアと名のつく犬を飼った経験はありませんでした。犬好きだった祖父は、上海にいた時エアデールテリアと言う犬を軍警察犬として扱った経験があり、昔話で毎回

「すごく良くできた犬たちだった、犬のくせに警察犬と言う職業についていた」

と褒めそやしていたのを思い出しました。しかし近所で飼われているテリアと名のつく犬たちの多くは、かんしゃく持ちが多く、あまりよい子の犬はいない様に思えました。

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写真は生後2ヶ月で早くも猟犬の片鱗を見せるマイロです。後にマイロは僕の前でクマネズミ3匹を瞬殺にしてのけました。

 

テリアと言う犬たちは、中世のイギリスで、農家の周りなどに放し飼いにして、害獣を狩る仕事をさせていた小型犬をルーツに持ちます。つまりネコがネズミを狩る様に、自分の判断で単独で小動物を仕留め、おそらくは食べて始末まで行っていた犬たちなのでしょう。このテリアの仲間は、犬自身の判断で獲物を仕留めるため、独立心が強く、負けん気が強く、小さくても大型犬に負けない様な、テリア気質と呼ばれる独特のキャラクターを持った犬が多く見られます。

しかも、ジャックラッセルテリアは肉食獣であるキツネを狩るための犬なのです。

家内が譲渡契約を結んだ「ペットの量販店」で初めて見たジャックラッセルテリアの子犬は、まだ生後1ヶ月半と言う幼さでした。彼女は、我が家の双子たちによって、映画『マスク』のジャックラッセルテリアにちなみ「マイロ」という男の子みたいな名がつけられました。しかしマイロは牝犬です。名前からしてなんか間違っている気がします。家内は「マイちゃん」とか「マイチュ」とかわいらしく呼びますが、カワイかったのは、名前と外見だけでした。

マイロはお店から家に帰るクルマの中で早くも本性を現し、抱いて帰ろうとした双子の手を咬みまくったので車内は大騒ぎになりました。仕方ないので、途中で家内と運転をかわり、僕がマイロの首と後ろ脚を押さえつけて家まで帰りました。双子の両手はマイロの小さな犬歯で容赦なく咬まれ、血まみれ状態でした。こんな乱暴な子犬は僕も生まれて初めてでした。

マイロを家に連れてきてまず困ったのは、家人だろうが来客だろうが、誰彼構わず、本気で咬む、飛びかかる、唸り吠える、と言う彼女のやっかいな性格でした。

これはマイロのジャックラッセルテリアと言う特異なキャラクターに加え、1ヶ月ちょっとで親元から放されペットの流通経路に載せられ、母犬の愛も、兄弟姉妹の犬たちとの触れ合いもないまま「ペットの量販店」の金魚鉢みたいな透明ケースに閉じこめられて、ひとりで暮らして来たからだと思います。

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首輪とリードに慣らす訓育中もマイロの暴虐が続いている様子です。リードにも容赦なく咬み着く上、咬む力が異様に強いので子犬用のリードでは1週間と持ちませんでした。

 

子犬は幼い頃に母と兄弟姉妹から離されてしまうと、本来家族との触れあいで自然に行われるはずの社会化の機会を失い、甘咬みさえ出来ない危険な存在になってしまう事があります。

これは子犬を流通経路が長く単独飼育しかしない「ペットの量販店」で売る上での一番の弊害だと思います。その結果、社会性を持つ機会を失った子犬は、その後も様々な問題行動を起こしやすいのです。-目次はこちら-

2017年5月27日 (土)

ジャックラッセルテリア飼育奮闘記をkindle出版します

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ジャックラッセルテリア飼育奮闘記をご覧いただきありがとうございます。このたびdogacutuallyの閉鎖に伴い、突貫工事でブログの移転を図ってきましたが、ブログ間の引っ越しはあまりに時間と手間がかかるためamazonのkindle出版を利用して電子書籍として出版を行うことにしました。
kindle用に電子出版された記事は、amazon kindleの端末だけでなく、スマートフォンやタブレット、パソコンにダウンロードしてまとめて読むことが出来ます。読書にはkindle用のアプリが必要ですが、一旦ダウンロードしてしまえば、お手持ちの端末機器すべてでいつでも閲覧可能になります。
こちらではまだ公開していない記事もkindleで読むことが出来るようになりますので、興味のある方はぜひご覧ください。問題がなければ5月30日ごろにはamazonからダウンロード可能となると思います。「ジャックラッセルテリア飼育奮闘記」で検索お願いします。

2017年5月13日 (土)

子犬の社会化とは何か(後編)

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我が家で生まれたラブラドールリトリーバー(ラブラドル犬)の長男の生後3ヶ月のころの素顔。母親と乳母の紀州犬と6匹の兄弟と、10人の人間の家族に囲まれて育ったため、月令の割りに妙に落ち着き払った子犬だった。こうした情緒の安定した状態はペットの量販店で単独飼育されて来た子犬ではなかなか望めないことだ。

人間の子供の社会化では、他者の役割の獲得・他者との同一化・役割演技(ゴッコ遊び・ロールプレイ)などを経て、子供は地域社会の一員になっていきます。実は子犬の成長過程でも、似たようなメカニズムが働いています。前回の記事の終わりで説明した事をもう少し具体的に書くと、子犬が社会化されるには、犬の社会での他者との相互作用がもっとも重要なのです。それでは、子犬の社会化にははどのような経験が必要になるのでしょう?

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一腹子のラブラドル犬の新生児たちは、生まれた直後から、お互いに寄り添いくっついて過ごすことで、嗅覚と触覚でお互いを認識し初期の社会化を始めることになる。

子犬は成長の過程で、母親や兄弟姉妹の振る舞いを相互に模倣することで、他者との同一化も行う事ができます。

まず経験の浅い子犬でも自分の感情や気分を生得的にボディランゲージで表す事ができます。前編でも書いたように、子犬はこの生得的な動作に加え、母親や年上の犬の振る舞いも模倣する様になります。多頭飼いを経験された方は、1匹目の犬のしつけが上手くいっていれば、その犬の子や、2匹目の犬は簡単にしつけられると言うことを経験されているでしょう。

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お産の翌日のラブラドル犬の母子。生まれてすぐ飲む母乳は初乳と言って母親から子犬に母体免疫を譲渡する助けになる。 母犬は最初横たわって幼い子犬たちに乳を飲ませる。この段階では、子犬同士に大きな順位の差は見られない。

これは見方を変えると、犬たちが相互に模倣して、飼い主からより多く報酬を得やすい振る舞いを自然に会得するからといえるでしょう。これも社会化の一つの形態です。ちなみにここでいう報酬とは、餌の事だけではありません。飼い主からかけてもらう言葉、優しい愛撫、一緒に遊んでもらう時間、社会性動物である犬にとって、上位者と認めた相手と過ごす時間の全てが報酬になり得るのです。

繁殖元で初期の社会化を済ませた子犬が譲渡され、新しい家で飼われるようになると、子犬は新しい飼い主の動作にも注目し、指示されたものに飛びつく、名前を呼ばれたら呼んだ人を見る、その人に近づく、あるいはダメと低い声で言われ、怖い顔でにらまれるとすくんで見せるなど、子犬は速やかに他者である飼い主が意図する事や情緒を認識して、それに対処出来るようになっていきます。

子犬を飼い始めた飼い主が、子犬と出来るだけ長い時間を一緒に過ごさなければならない理由がここにあります。

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子犬が育ってくると、母犬は横たわるのやめ、座ったまま乳を与えるようになる。この授乳の仕方だと、子犬の競争は激しくなり、他の子犬を押しのける強さのある子犬が、より多く乳を飲めるようになっていく。ここから子犬の間で上位と下位の差がつき始める。

近年愛玩犬の訓練で推奨される様な、一定時間遊んだらケージに閉じこめて我慢させる、と言ったしつけには、僕は大反対です。特に勤め人が子犬を飼った場合は、自分の時間が犠牲になったとしても、家にいる時間の全てを子犬と過ごし、子犬に声をかけ、身体のあちこちを触ったり、時には咬まれたり、膝の上で寝かしたり、ともかく子犬に飼い主の声を聞かせ、飼い主の仕草をたくさん見せ、子犬が飼い主の感情を仕草から読み取れるように、逆に飼い主は子犬の仕草から子犬の感情を読み取れるよう、子犬との直接的な触れあいの時間をできるだけ多く取るべきだと考えるからです。

こうして刺激が多い幼少期を過ごした子犬は、飼い主家族という人間の代表によって人間に社会化され、成長に伴い飼い主のわずかな仕草やちょっとした感情の変化も的確に読み取れる様になり、その経験をもとに他の人間にも容易に社会化が可能になります。やがて対人経験の豊富な子犬は、どんな人間に対しても、落ち着いて礼儀正しく振る舞える様になっていきます。そういう子犬なら新しい飼い主に譲渡されても情緒の安定した扱いやすい犬に育てやすいのです。

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ステーションワゴンの荷台から、家族という群れの子供たちに危険なことがないか見張るラブラドル犬の母親と紀州犬の乳母。彼女たちにとっては、子犬も人間の子供も同列に守るべき保護対象なのだ。ちなみにクルマは犬の輸送に最適なボルボのGLエステートワゴン。業界で唯一スウェーデン鋼鉄製の純正ドッグガードを装着できた。

さらに極幼い時に引き取った子犬の訓育の段階では、人間の子供がよくやるゴッコ遊びも重要です。子犬同士が取っ組み合い遊びをするとき、相手にのしかかる、押し倒す、相手に咬み着く、と言った行為を、強者と弱者がわざわざ入れ替わって行う事があります。一緒に暮らす年上の犬は、子犬に対して姿勢を低くして近づき、遊びに誘い、子犬が嵩に懸かって飛びつくと負けた振りまでして子犬と遊んでやります。

しかし子犬が強く咬んだり、何か失礼な事をやりすぎたりすると、年上の犬は、大きく口を開いて歯列を見せて子犬を威嚇し、子犬に怪我をさせない範囲で子犬を押し倒し、子犬がおとなしくなるまで抑制された咬みで抑えつけたりもします。単独飼育しかしない犬の量販店で買った子犬は、こうした母親や兄弟姉妹との触れあいが絶対的に不足することになるので、時として飼い主が身代わりになったり、よその犬にも手伝ってもらったりしなくてはならないのです。

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生後3ヶ月台までに散歩を始めれば、こんな風に自転車の前かごに乗せて移動することにもすぐ慣らすことができる。生後4ヶ月を過ぎて、恐怖期に入った子犬に同じことをすると、子犬は恐怖におびえ、一生自転車を怖いものと覚えてしまうこともある。社会化期の臨界期までに散歩を始めなければならない理由はこんなところにもあるのだ。

こうした役割演技を子犬同士や、子犬と養育係の犬、飼い主が相互に繰り返す事で、子犬は徐々に本来の自分の役割を演じられる様になります。おもしろいのは、子犬自身にその気が無くても、降参の姿勢であるおなかを上にした状態で一定時間抑え付けられると、子犬は不安を感じて相手に降参し、その結果、抑えた者>抑えられた者、と言う上下関係が形成される事です。

脚側歩行訓練で良く使うチョークも、大人犬が子犬をたしなめる時に行う、素早い首筋への一咬みに近い行為なので、子犬は容易に受け入れる事が出来ます。そして、上下関係を形成するしつけを飼い主が行う場合重要なのは、常に一定の規範に基づいて子犬を扱う事です。

結果として、子犬が飼い主であり、その家の親と見なす人物を「自分の母(父)=自分の明確な上位者」と認めるようになれば、対人の社会化は成功です。そこまで出来れば、あとは簡単です。子犬は上位自我に相当する義理の親の意向に従い、親を喜ばせようと、どんどん良い行動を増やす様になり、結果として飼いやすい、素直な犬に育って行くからです。

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生後3ヶ月のラブラドル犬の子犬2匹に、名前を呼んでから1匹にスワレ・マテ、1匹にフセ・マテを命じたところ。人間の家族と常時一緒に過ごした子犬たちは、すでに自分の名前を覚え、別々の命令に従って、大人しくマテに従っている。まだ身体ができていないので、停座や伏せの姿勢が少しおかしいのは御愛嬌。

飼い主家族の在宅中、家人のそばで、人間の振る舞いや、犬に対する働きかけに常時接して育った犬は、人間の住居の外で檻に閉じこめたり、鎖に繋がれたりして育った犬にくらべ、遙かに情緒が安定した犬に育ちます。これは、子犬時代から、常に家族という人間のあらゆる振る舞いを見て、人間にどんな態度を取れば、自分の利益になるかを学習し、さらに自分のなすべき事、反対にやってはいけない事を学習し続けた犬だけに見られる態度なのです。

もう一つ重要なのは、犬の量販店で買った子犬の場合、できるだけ早く散歩に出し、その地域に住む大人犬たちにも十分社会化させなくてはならないということです。ワクチンプログラムも重要ですが、地元の獣医さんなら、その地域の伝染病の状況は把握出来るはずです。疾病の面で大きな問題がない事が確認できたなら、リスクはあっても子犬は遅くとも生後3ヶ月台までに、他の犬と直接的な触れあいを始めなければなりません。他の犬との取っ組み合いを含む触れあいを通じてしか、子犬をその地域の犬たちに社会化する手段はありません。そして、犬への社会化が遅れてしまった子犬は、時には一生同族である犬たちを「怖い他者」と勘違いして過ごすことになりかねないのです。

この様に、対犬でも対人でも、子犬から犬を飼う場合、社会化の欠如や遅れは絶対に避けなければならない事なのです。逆の言い方をすれば、社会化こそ子犬の養育の最重要課題であると僕は考えます。

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信号待ちで座るように子供に命令され、大人しく信号が変わるのを待つ若いラブラドル犬。子犬のころから家族全員で訓練した犬は、大型犬でも容易に子供が扱える犬に育つ。これは社会化によって、犬が人間の家族の一番下位の立場で安定した結果だ。

-目次はこちら-

A dog you can believe in.

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子供が生まれてから、ボルボ740GLと言う車に10年くらい乗った事がある。エステートと呼ばれる全長5m近いステーションワゴンで、その当時でも時代遅れと思われるようなクルマだった。なぜそんなクルマを選んだかと言うと、それ以外では双子の子どもと、当時二匹いた犬たちと、僕たち夫婦が安全に移動できそうなクルマが他に見つからなかったからだ。ボルボのテールゲートには、"VOLVO A car you can believe in." と言うステッカーが貼ってあった。「あなたの信頼に足るクルマ」くらいの意味だろうか。

ボルボのエステートには、純正オプションでスウェーデン鋼製のドッグガードがあり、乳母車2台と子供の荷物を積んでも犬達が乗れる十分なスペースがあった。またリアシートにはベビーチェアーを二台並べても家内が座れるシートがあった。実は当時、日本国内で手に入るクルマで同じ事ができるクルマは他には一台もなかった。つまり僕たち夫婦は、複数の犬と双子の赤ん坊とその荷物を運ぶと言う要求からスウェーデン製の旧式なワゴンしか選べるクルマがなかったとも言える。

クルマだったら、そんな風に機能から探して行けば、世界に一台位は、自分の目的にぴったり合ったものが見付かるだろう。それはクルマと言う商品が、綿密なマーケティングを経て作られる耐久消費財であり工業製品だからだ。

だが、犬は違う。

なぜ、こんな事を言い出したかと言うと、現代の日本ではクルマ選びと同じような感覚で、安易に犬を選ぼうとする人がとても多いからだ。予算、大きさ、カッコよさ、性能、見栄え、そう言うクルマ選びみたいな感覚で犬を選ぶ人が多いのが問題なのだ。

犬を飼った経験が無いか、経験が少ない人、でも犬に過剰な期待を抱いている人が、よくやる間違いが、ともかく訓練性能が高く、賢く、活発な犬を飼おうとする事だ。しかし知能が高く活動的な犬は、飼い主が考える以上に、犬の側の要求も高く、飼い主がそれを叶えるのが大変なのが現実なのだ。多くの人はそれを知らないで犬を飼い「こんなはずでは無かった」と言う事態に陥る。

クルマは使わない時は、車庫に長い間とめておいても、別に文句を言ったりはしない。

だが、犬は違う。

彼らは群れで狩猟を行う事で日々の糧を得ていた狼と言う活動的な社会性動物を祖先に持ち、今でもその性質を部分的に持ち続けているからだ。その生き物としての活動欲求を日々満たせない飼い主は、しばしば犬から、大した事のない奴と見限られてしまう。

例えば「家庭犬の王様」と呼ばれるラブラドール・リトリーバーと言う犬がいる。僕自身はこの犬種を子犬から飼い、自分でも繁殖を行い、さらに保護犬の世話もした事がある。犬を飼い慣れた人間から見ると、ラブラドル犬は文句のつけようのない、飼い易い犬、訓練の良く入る犬、賢く従順な犬だと僕は思う。正に"A dog you can believe in."と言いたくなるような犬なのだ。

しかし、意外な事に、飼い主によって動物愛護センターに連れ込まれるラブラドル犬は多い。ラブラドル犬に良く似た性質を持つゴールデンリトリーバーと合わせると、引き取られた大型犬の上位をこの二犬種が占めている動物愛護センターさえ珍しくない。なぜ家庭犬の王様が、こんな悲惨な目に遭うのだろう?それは犬の出自や訓練・運動の欲求の高さを知らずにラブラドル犬を飼う人が多いからだ。

ラブラドル犬はカナダのラブラドール半島で、漁師と一緒に船に乗り、流れた漁具や網から落ちた魚を回収していた犬が祖先と言われ、その高い回収能力を買われ、イギリスに連れて行かれ、19世紀ごろ盛んになった猟銃による鳥撃ち猟の回収犬リトリーバーとして重用されるようになった。

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Algos@Askolnick

リトリーバーに求められる資質は、家庭犬や使役犬に向いていたと見え、現在ではその多くが家庭犬として、あるいは盲導犬や警察犬として飼育されている。

なぜ、ラブラドル犬が家庭犬に向いたのかだが、リトリーバーの仕事を考えると理解しやすいだろう。リトリーバーは、鳥を見つけてハンターに教え、ハンターが撃ちやすいよう追い出すのが仕事の他のガンドッグたちとは違い、常にハンターのそばに控え、ハンターが発砲してからが仕事の犬だった。当然ハンターが散弾銃を撃つまで一声も発さずにハンターの横でジッと待っていなければならなかった。

ラブラドル犬は自分のご主人であるハンターが発砲すると、落下する鳥の軌跡を弾道計算でも出来るかのような正確さで見極め、ご主人様の必中を信じて、薮だろうが、沼地だろうが猛然と突進して、撃ち落とされた鴨や雉を捜索し回収しようとする。

でもご主人がヘボハンターだと、ラブラドル犬は落ちているはずの獲物を探し続けて、なかなか帰って来られない事さえある。茨や藪をくぐって鼻面を傷だらけした犬が「一生懸命探したけど獲物が見つかりませんでした」と帰ってくると、ヘボハンターの方はなんて健気な犬だろうと感激したりもした。

そんな風にラブラドル犬は、動と静を繰り返し、常にハンターに寄り添うようにして仕事をする犬だった。逆の見方をすると、彼らは家の中でおとなしくしているだけの犬ではない。常に何か仕事を与え、毎日運動させなければ、この活動的な犬は満足してくれないのだ。

僕が初めて飼ったラブラドル犬スナッピー二世は、イギリスのガイドドッグアカデミー出身の犬を祖先に持つ、盲導犬血統の犬だった。おそらくこの犬種の中ではもっとも穏やかなタイプだったと思う。

だが現実には、スナッピー二世が一歳になるまで、正直なところ毎日が千本ノックの日々だった。毎晩僕は近くの広場で彼女が疲れるまでボールを投げ、フリスビーを飛ばし続けた。それくらい彼女は熱心な回収犬だったのだ。やがて僕は、彼女に捜索や選別を教え始めた。彼女は洞察力に優れ、作業意欲が非常に高い犬だったから、襲撃以外の訓練ならなんでも面白いように入った。アマチュアに過ぎない僕が訓練してCDXが取れるのだから、盲導犬血統のラブラドル犬の訓練性能の高さは推して知るべしだろう。

やがて赤ん坊が生まれると、彼女は自分たちの群れに生まれた子供として世話を焼きたがり、子供が大きくなると熱心な遊び相手になって行った。

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そう言う家庭犬として満点に近いスナッピー二世を毎日の様に見ていたせいか、近所でもラブラドル犬を飼いたいと言い出した家が二軒あった。僕は、訓練や運動が十分出来なければ、ラブラドル犬は飼うのが大変な犬になると繰り返し説明したが、残念ながら聞き入れてもらえなかった。

彼らは狩猟本能剥き出しでボールやフリスビーを追って走り回るスナッピー二世は知らなかった。おそらく散歩の帰りに時々会う愛想の良い、飼い主の言う事をなんでも良く聞く、でかくて漆黒の毛皮が見事な犬としてしか見ていなかったのだと思う。

残念ながら、そのラブラドル犬たちは、良い家庭犬にはならなかった。盲導犬のミスフィット犬を引き取って飼った家では、運動も訓練もろくにせずに犬を飼おうとしたため、たちまち飼養が困難になり、結局、団体に犬を返却する事態に陥った。

もう一件の家では、犬としての社会化が不十分だったし、やはり訓練を殆どせずに飼い続けたため、体力のあるご主人以外は散歩に出すのが大変な犬になってしまった。そのお宅は飼育を放棄する事は無かったが、早朝と夜間、他の犬に遭わない時間帯に散歩に出るようになった。

当たり前の話だが、どんなに優れた資質を持つ犬でも、社会化も訓練もなしに「良い犬」になれるわけがない。犬が飼い主の信頼に足る存在になるかどうかは、飼い主自身の日々の努力如何にかかっているのだ。訓練性能の高い活発な犬を飼おう思っている方は、一日何時間、その犬を相手にどんな事をしなければならないか、どのくらい運動量が必要なのか、今一度調べなおす事をお勧めしたい。

そんな風に犬と暮らすと言う事は、その犬の一生のすべてを、飼い主自身が引き受ける事に他ならない。それが出来ない人は犬を飼うべきではない、と僕は思う。

つづく -目次はこちら-

簡単に飼える犬なんていない

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個人的な意見だが、僕は 「簡単に飼える犬なんていない」 と考えている。いきなりなものいいで恐縮だが、これはペットの量販店が良く使う  「この犬種は飼い易いですよ」  と言うセールストークに対するアンチテーゼでもある。

なぜ 「簡単に飼える犬なんていない」 と言うのかについて、今回はできるだけ具体的に、自分が実際に飼ったことのある犬を例に、その犬の運動量や犬種特有の欲求、さらに疾病などについて書いてみたい。

最初に近年ビーグルを追い越して人気犬種となりつつあるジャックラッセルテリアについて考えてみよう。

以前の記事でも書いたが、僕は二匹目のジャックラッセルテリアのジャン(写真の左の犬)を街道沿いの犬の量販店から買った。彼は店頭にいた段階ですでに4ヶ月台に入っており、売れ残り犬扱いで販売価格も安かったし、なによりケージ越しに先住犬のマイロ(右)とすぐ仲良くなれたのが魅力的だったのだ。

だが僕は店長の説明(セールストーク)に首を捻ってしまった。

「この子は、ずっとケージ暮らしだったので、あまりお散歩には出さなくても大丈夫です。そうですね、週に23回、130分くらい散歩すれば十分だと思います」

若い成長途中のジャックラッセルテリアで、この運動量は有り得ない。彼らはキツネ狩りに特化したハイパーな獣猟犬だ。その身体能力はF1のエンジンを積んだ軽自動車に喩えられるような過激なものなのだ。

先住犬のマイロはその当時ちょうど一歳くらいだった。彼女は毎日10kmに及ぶ散歩を行い、ドッグランなどで千本ノックなみのリトリーブ運動を行わないと、室内でおとなしくできない犬だった。

さらに獲物を仕留めたいという強い衝動をコントロールするため、襲撃訓練を応用した 「命令が無ければ咬まない訓練」 を毎日行う必要もあった。そうしないと彼女はストレスが溜まり、誰彼構わず咬みついたり、あるいは何かを咥えてきて 「引っ張りっこしよう」 とやり出す犬だったのだ。

2匹目のジャックラッセルテリアのジャンも、1歳を過ぎるころには家から近隣のドッグランまで自転車について5kmの道のりを自走して通う犬になった。

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ジャンはドッグランで、他の犬と取っ組み合いや追いかけっこで数時間遊び倒し、帰りはまた自走して帰ってくると言うマイロ以上にタフな犬になった。

実感として体重5kgくらいしかない小型犬のジャックラッセルテリアの運動量は、活動的な警察犬種とほぼ同じレベルと思われたのだ。

つまりジャックラッセルテリアを飼うには、散歩だけでも一日2.53時間、犬専用の時間が必要になる。さらに気性の荒い犬に当たってしまえば、マイロの様に襲撃訓練まで入れなくてはならない。そのための訓練にも多大な時間が必要なわけだ。

これはジャックラッセルテリアと言う特殊なキツネ狩り猟犬だからなのだろうか?他の人気犬種も考えてみよう。

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家庭犬の王様と呼ばれ、飼い易い大型犬の代表のように言われるラブラドール・リトリーバー(ラブラドル犬)はどうだろうか?

僕はスナッピー二世と言う盲導犬血統のラブラドル犬を子犬から飼い、お産もさせた。その経験から言うと若いラブラドル犬の運動量は歩きの散歩だと一日1015kmくらい必要だった。

さらにラブラドル犬は生粋のリトリーバー(獲物回収犬)だ。

その作業欲ともで言いたくなるような欲求を満たすためには、やはり千本ノックなみの持来訓練や、臭跡追求訓練、あるいは捜索訓練、選別訓練などを毎日行う必要があった。

幸いラブラドル犬には同じガンドッグのポインターのような強い猟欲は見られない。しかしラブラドル犬には持来欲とでも言うべき 「獲物を持ち帰りたい」 と言う頑固な性癖がある。この彼らの「やる気」をきちんと満足させられないとラブラドル犬の情緒は安定しない。

そういうやる気満々の犬に対して、たとえばリトリーブ訓練をサボるとどうなるだろうか?

以下はスナッピー二世がまだ若い頃に経験したことだ。

その日僕は、忙しさにかまけてリトリーブ訓練を省略して散歩から帰ろうとした。そうしたら彼女は公園でキャッチボールをしている人を見たとたん、ガンとして動かなくなった。こういうのは駆け引きなので、その場に犬を放置し、離れたところから様子を見る事にした。彼女はその場に座りこみ、目と顔だけでジッとボールの動きを見つめ続けた。

しばらくしてキャッチボールをしていた人がボールをエラーした。その瞬間、彼女はダッシュした。そして眼にも止まらぬ早業でボールを回収し、うれしそうにギャロップで僕のところに持ってきてしまった。

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僕はスナッピーから受け取った涎だらけのボールをタオルで拭い、持ち主に返すことしかできなかった。

そんな風にラブラドル犬を飼うには一日3.5時間以上、犬専用の時間が必要であり、毎日のリトリーブ訓練等も欠かせない。そして散歩や訓練で手を抜けば、ラブラドル犬は利口な犬だけに手に負えない悪戯者になることがある。

本格的な訓練を始める前のスナッピー二世は、家の障子と言う障子を突き破り彼女専用の通路を形成し、台所のタイルをすべて剥がして山と積み上げ、本棚のガラスを割って本の背表紙をすべて食べてしまう等々、信じられないような悪戯を繰り返した犬だった。

だが朝夕の散歩のたびにリトリーブ訓練をやるようになってから、そうした悪戯は全く行わなくなった。僕はその犬が望むことを、飼い主がきちんとさせてやれば、犬は落ち着くものだと改めて実感した。

そういう話をすると 「家のラブはボール取りなんてしないよ」 と言う飼い主さんもいる。だがそういう犬の場合、単に飼い主がリトリーブを教えなかっただけのことが多い。そういう犬は散歩の最中、飼い主を引きずるようにして、ゼイゼイ言いいながら歩いたり、他の犬に吠えかかったりとラブラドル犬らしからぬ行動が目立つ気がする。

そうした振る舞いを見ると、ラブラドル犬が持つ作業欲が満たされないことでストレスがたまり、異常行動を見せているように思えてならない。あえて言わせてもらえば、ラブラドル犬を飼っているのに、なにも訓練しないなんて、とてももったいない事だと思う。

家庭犬の王様と呼ばれ、飼い易い犬と言う定評の割に、動物愛護センターに棄てられるラブラドル犬は後を絶たない。それは彼らが飼い主の甘い見込みを遥かに上回る運動量と、訓練を要求する犬だからかも知れない。つまり利口で訓練がよく入る犬イコール飼いやすい犬ではないわけだ。

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では、人気犬種であるダックスフントはどうだろうか?僕はスタンダードダックスしか飼ったことがないので、その経験からいうと、彼らは短足ゆえに歩く速度はそれなりにゆっくりでもよかった。

家の場合ダックスは傷痍軍人で脚が悪かった祖父の犬であり、晩年はダックスを毎日の散歩のお供にしていた。その祖父は毎日の様に取引先に通い、病気になった保護犬を預けてある獣医師や、里親先を尋ね歩く毎日だった。今考えると祖父は、僕が学校に通っている間、私鉄の駅3駅分くらいの距離を、二匹のダックスを連れて毎日徒歩で往復していたことになる。

Google Mapで祖父の散歩のルートをたどってみた。そうしたらその距離は往復10km以上あった。しかも高低差は20m近い。いくら胴長短足でもダックスフントはアナグマ狩りの猟犬だ。その運動量はけして少なくなかったといえるだろう。

現在主流となっているミニチュアダックスフントはこれほどの運動量は必要ないのかも知れない。しかし彼らには犬種特有の避けることのできない疾病が知られている。

我が家のジャンも経験した椎間板ヘルニアがそれだ。もしこの病気を発症し外科手術が必要になると、その手術費用は軽く40万円に達するのだ。

(以下コメント欄のご指摘により一部書き直しを行いました。詳細はコメント内のリンクをご覧ください)

ジャンがお世話になった、新宿の相川動物医療センターの相川武院長によると、ミニチュアダックスでは高確率でこの病気を発症するという。相川院長は再発防止のために、病変した椎間板の除去のみならず予防的造窓術も行っている。

ペット保険のアニコムの統計では、5歳で約6%、7歳で7.5%以上、10歳では8.5%以上となっていたが、これは保険契約された頭数に対して手術費用の保険請求があったパーセントだ。

ダックスフントの椎間板ヘルニアについては、杉並のエルムス動物医療センターもインターネット調査を行い「人気のミニチュア・ダックスでは25%以上が発症もしくはその疑いを経験」としている。

つまりミニチュアダックスを飼うということは、将来1/4くらいの犬がこの病気にかかる可能性があり、68.5%の確率で高額な医療費負担を負う可能性もあると言うことだ。仮に金銭は別と割り切っても、自分の犬が下半身不随になり、48時間以内に高度な外科治療が必要となれば、犬も飼い主も大きなストレスを蒙る。これではとてもミニチュアダックスは飼い易い犬種だと言えないと思う。

ちなみに遺伝的に椎間板ヘルニアになりやすい犬種はダックスフント以外にも、フレンチブルドッグ、ビーグル、シーズーなどがある。程度の差はあれ、これらの犬種を飼う場合は、発症の際の費用発生と難易度の高い外科手術と言うハードルがあることを覚悟しておいた方がいい。

こんな風に活発な犬は散歩や訓練に伴う運動量が犬を飼う第一のハードルになる。反対に運動量は少ないかも知れないが、小型犬、愛玩犬の多くは、小型化に伴い表面化した形質的な問題が原因で高額な医療費負担が発生することがままある。

そして犬を飼うという行為には、つねにその犬専用に飼い主が捻出しなければならない毎日の時間と言う課題がついて回る。

僕はそうした時間的・金銭的負担があっても犬を飼い一緒に暮らすという選択を続けてきた。生まれる前から犬に囲まれて育った僕にとって、犬のいない暮らしは考えられなかったからだ。だがそのせいで僕は犬の散歩の時間帯にやっていたTV番組は生で見たことがない。犬連れではできないマージャンもパチンコもゴルフもやらない。子供の頃は草野球さえしなかった。

僕の場合は、生まれる前から犬がいる暮らしだったから、それは当たり前の事だが、これから犬を飼おうと言う人の場合は、自分の趣味や嗜好に費やす時間や金銭を犬のために使う必要も生じるだろう。それは人によってはかなり覚悟のいることのはずだ。

近年はペットブームなどの影響で、軽い気持ちで犬を飼いたいと考える人が増えている気がする。だがそうした人は金銭的、時間的負担がどのくらい必要か知らずに犬を飼ってしまうことが多いように思えてならない。

庭付きの家を買ったので、防犯のために、あるいは単に可愛い犬、かっこいい犬が飼いたいから・・・

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僕はそんな風に安易に犬を飼いたいと言い出した人に

 「簡単に飼える犬なんていない」 

と改めて申し上げたいと思う。

犬を飼いたいと思ったら、まず犬種の特徴をとことん調べ、自分が飼いきれる犬か確認する必要がある。さらにその犬と暮らすには毎日どのくらい時間を取られるか?犬が持つどんな欲求を叶えてあげる必要があるのか?食費や医療費の金銭負担がどのくらいか?さらに、あなたはその犬とどんな暮らしをしたいのか?等々よく調べ、しっかり考える必要があるだろう。

結局のところ、犬の一生はすべて飼い主が責任を取るという覚悟を決めなければ、犬を飼ってはいけない、と言うのが僕の個人的な考えだ。-目次はこちら-

イヌから見た本当の祖先はオオカミ?

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写真の二匹のオオカミはどちらが上位でどちらが下位だろうか?どちらが強気で、どちらが弱気だろうか?この写真を見ただけで正解できる人なら、犬の感情を読み間違う事はないだろう。ちなみに左のオオカミの顔には、何度も咬まれた傷跡がある。右のオオカミの顔は鼻面に皺が寄り恐ろしげに見える。

(写真をクリックすると、より大きな写真でオオカミの様子を見る事ができます。)

最初にお断りしておきますが、以下の記述には犬とイヌ、狼とオオカミと言う表記が両方出てきます。カタカナの表記を使う時、僕はその動物を標準和名で考えています。つまり生物学的なイヌでありオオカミと言う扱いです。漢字の表記を使う時は、個人的なつきあいのある身近な動物として犬と狼と言うふうに使っています。あらかじめご了承ください。

犬の本質を探ろうとする時、僕は犬の祖先動物であるオオカミを知り、その表情や振る舞いから心理や行動を読み取る能力が必要だと考えています。しかし訓練士の中には、イヌはオオカミから遠く隔たった家畜で、仮にオオカミがイヌの祖先であっても、1万年以上の歴史をへて、すでに振る舞いも大きく変わっているから、オオカミの行動様式を学んでも、犬の訓練には役立たないとする人もいます。

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最初の写真の全身の状態を見れば、二匹の順位や、どちらが強気でどちらが弱気かがはっきりする。大げさに顔をしかめている右のオオカミの尻尾は又の間に巻き込まれ背中の毛は逆立ち、相手に対する恐怖と追従を全身で示している。左のオオカミの尻尾は上がり、全身の様子は平静な感情を示している。犬の感情をボディランゲージから読める飼い主が見れば左が上位で右が下位のオオカミであるのは明白だろう。最初の写真を見て、右のオオカミの方が強気だと思った飼い主さんは、オオカミの群れを観察する事をお勧めしたい。オオカミの方が、犬より感情表現が豊かで初心者でも読み取り安いからだ。

ハイイロガンの雛の孵化時におけるインプリンティング(刷り込み)の研究でノーベル賞を受賞したコンラート・ロレンツ博士は、著書『人イヌにあう』の中でジャッカル起源のイヌとオオカミ起源のイヌがいると述べていました。後に日本人の犬の研究家平岩米吉氏らの意見を取り入れ「イヌの祖先はオオカミと思われる」と訂正しています。

しかし困った事に、一旦本になった記述は改められることなく『人イヌにあう』は版を重ねて出版され続け、さらにこの本の著述があまりに良くできた内容であるため、近年でもこの本を引き合いにして、イヌの祖先の多元説を標榜する学者や犬の専門家が複数見られます。有名なところでは『デキのいい犬、わるい犬』の著者スタンレー・コリン博士も多元説を容認する発言をしています。

では、犬の祖先の多元説を認めると何か弊害があるのでしょうか?実は犬の多元説を標榜する「犬の専門家」や、イヌとオオカミを遠く隔たった動物と考える訓練士の多くが、犬の知能や訓練難易度の差を、祖先動物の影響もあり、犬種が持つ訓練の難易度は変えようの無いものとする傾向があるのです。

その結果、犬の訓練を専門にする人の中には「訓練難易度の高い犬イコール訓練しても意味が無い犬種」と見なしたり「ダックスフントやジャックラッセルテリアを訓練するのは時間の無駄」と言う極端な意見を述べたりします。

実はこれは彼らのビジネスとも密接に関係しています。ジャーマンシェパード・ボーダーコリー・ラブラドールリトリーバー・プードルの様な、元々訓練性能の高い犬種を訓練し、訓練競技会で高い成績をおさめれば、より多くの顧客を獲得しやすいからです。

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恐怖の裏返しから、やけっぱちの攻撃に転じても、下位のオオカミの表情は変わらない。鼻面には皺がより、背中の毛は逆立ち、尻尾は股間に巻き込まれたままだ。しかも腰が引けているので、本気で攻撃しても、相手を捉えるのは難しい。こうした観察を繰り返せば下位の犬が恐怖の裏返しから攻撃的に振る舞う理由が理解しやすいだろう。

僕自身は、家内と子供が犬の量販店で一匹目のジャックラッセルテリア、マイロに出会い「カワイイ」と言うだけで我が家の犬に選んでしまった時から、この訓練難易度ナンバーワンと言われる犬種とのつきあいが始まりました。正直「自分で選べる時は、テリアだけは飼うまい」と考えていた僕にとって、マイロとの出会いは事故みたいな物でした。そのくらいマイロと言う犬は手に負えない犬だったのです。

訓練に要する時間も大きく違います。ラブラドル犬は、数時間あれば、基礎服従訓練を全て教え、3ヶ月もあればCD2(家庭犬3級)の課題を全てマスターする事も可能ですが、ジャックラッセルテリアのマイロはCD1(家庭犬1級)相当の訓練をマスターするだけでも1年くらいかかりました。これは僕がジャックラッセルテリアの訓練手法を全くしらずに訓練した結果です。ちなみに2匹目のジャンは、マイロの訓練の模倣をさせる事で、1週間程度でマイロでは1年かかった訓練を全てマスターしてしまいました。

後に訂正されたとはいえ、ロレンツ博士は著書の中で、洋犬の多くはジャッカル起源で、飼い主を自分の親と神の間に祭り上げてしまう、と述べています。一方博士はチャウチャウ犬や日本犬の様なプリミティブドッグをオオカミ起源の犬として、ジャッカル起源の犬とは異なる気高い気質を持っている、とも述べています。これは犬種によって、基本的な行動規範が祖先動物の影響によって異なると言うことを認めた発言ととれます。

しかし博士が訓練できないとさじを投げたダックスフントも、小さな赤い狼と呼んで可愛がったチャウチャウ犬も、実は同じオオカミから育種された犬だったのです。では、いったい何が、犬種によって、これほど大きな差がある訓練性能を決めているのでしょう?

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上位のオオカミが儀礼的な闘争の一環として攻撃に転じた場合も、その表情は冷静なままだ。それに対して攻撃を受けた 下位のオオカミの表情は大げさにゆがんでいる。これは犬でも同じで、自分に本当に自信がある犬は、この左のオオカミの様に、表情の変化なしに相手を正確に攻撃できるので、家庭犬として考えた場合、大げさな前奏の後に攻撃に移る下位の犬よりむしろ注意が必要だと思う。

僕は今まで様々な犬種をのべ9頭飼ってきました。ボランティアで数多くの犬のしつけや訓練もお手伝いしてきました。その中にはオオカミと犬の雑種、いわゆる狼犬も含まれていました。狼の群れの観察を繰り返し、狼犬の訓練に関わった経験から「様々な犬達が見せる能力や性質の差は、祖先であるオオカミが元々持っていた性質や多様な能力の一部を取り出し、人間に役立つように強化して使って来た結果に過ぎない」とする平岩米吉氏の説が正しいと思う様になりました。

さらにオオカミの群れを繰り返し観察すれば、自分の犬の感情もより正確に読み取れるようになると考えるようにもなりました。それは狼が百面相の様に、豊かに表情を変えて、相互のコミュニケーションを取る生き物だと分かったからです。

僕なりの結論を述べてしまうと、原生のイヌの祖先はオオカミで間違いないと思います。そしてしつけや訓練のしやすさが、犬種によって大きく違うのは、祖先となる動物が異なるからではなく、人間が祖先のオオカミから犬を育種する際に、特定の目的に沿った選択育種をおこなった結果に過ぎない、と考えています。

ですから、訓練難易度が高い犬種といえども、時間をかけて、その犬種の育種の背景を学び、その犬に適した訓練方法を見つけだせば、しつけや訓練が出来ない犬などはないと思うのです。

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二匹のオオカミがあまりに騒がしかったため、とうとう牡のアルファ(この群れの父親)が仲裁に入った。アルファが穏やかな表情で儀礼的闘争を繰り返す二匹に近づいただけで、、闘争は終結してしまった。僕は飼い主がこのアルファのように、穏やかに家庭内で最上位者の地位を占める事ができれば、全ての家庭犬は情緒が安定したおとなしい犬にできると考えている。さて、この写真を見て、あなたはアルファ牡、上位・下位の狼を見分ける事ができただろうか?

ジャックラッセルテリアについていえば、映画の中ですばらしい演技を見せた犬も複数いますし、日本のスーパードッグカーニバルの小型犬部門では、常に上位にジャックラッセルテリアがいます。これは訓練する側が創意工夫して、その犬にあった訓練をおこなえば、プロもさじを投げるような犬でも、すばらしい訓練犬になれる事を示していると思います。

つまり、今飼っている犬が手に負えなくなったのなら、それはその犬種を選ぶ際の飼い主の勉強不足と、努力不足のせい、あるいは経験不足のせいに過ぎないと思うのです。

僕は今、ジャックラッセルテリア専門の犬種団体ですらJRTの性質という記事の中である種の警告を発しているジャックラッセルテリアを2匹飼っています。その記録をdog actuallyで連載し、たくさんの飼い主さんの飼育と訓練の相談を受けてきました。その結果イヌの服従知能と問題解決知能に対して優れた著作のある犬学者すら訓練不可と言わしめたとんでもない犬でも、その犬毎に社会化や訓練方法を工夫すれば、どんな犬とでも、人とでも仲良く出来るよい子の犬に育てられる、と確信を持つ様になったのです。

なにより、僕は手に負えないと感じたジャックラッセルテリアのマイロの訓練手法のヒントを、群れで飼われているオオカミの観察から得たのです。僕はこのことからも、ジャックラッセルテリアの祖先動物が狼であると考えているのです。-目次はこちら-

犬からみた上手な挨拶とは?

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アルファオオカミに挨拶する下位のオオカミ(左)は、頭を低い位置に保ち、子オオカミの様に下からアルファの口元をなめている。残念ながら挨拶がしつこすぎたのか、アルファの機嫌はあまり良くないようだ。

人間が犬と挨拶を交わす際の振る舞いによって、犬の態度はがらりと変わるのを皆さんはご存じでしょうか?社会性動物にとって、挨拶行動はとても重要です。動物も人間もきちんと挨拶を交せる相手は身内として扱い、ちゃんと挨拶できない同種より親しい相手として遇するからです。特に犬は人間を異種ではなく、自分と同種として認識し、その範疇で人間に対する行動を決めていると思われます。 ですから、初対面の犬に挨拶する時はもちろんですが、自分の飼い犬への毎日の挨拶も重要なのです。人間が挨拶をきちんと出来る人間を認める様に、犬もきちんと挨拶出来る人間の方を好み、時には飼い主より挨拶の上手い他人になつきさえします。では私たち人間は、どうやったら犬と上手に挨拶出来るのでしょうか?

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臆病な小型犬に挨拶するときは、上のオオカミの真似をもっと上手にやれば良い。拳を軽く握って低い位置にそっと差し出して相手の犬が近づくのを待つのだ。低い位置で出した手は下位のオオカミが上位のオオカミに挨拶するイメージによく似ている。つまり1枚目のオオカミの挨拶の様子と2枚目のヨークシャーテリアとの手の挨拶は本質的に同じと言うことだ。

まず飼い主さんご自身が「自分と飼い犬の挨拶の様子」を、一歩引いた視点で客観的に観察して見てください。その全体像を把握し、挨拶行動において犬の身体の各部位がどんな様子をしているかもよく観察してください。犬が挨拶してくる様子を、飼い主が自分の手で再現できれば、あなたの犬は飼い主の礼儀正しい挨拶を喜び、あなたと飼い犬の関係は、以前より改善されていくはずです。

ここで注意が必要なのは、犬の倫理観は人間に似た部分も、異なる部分もあると言う事、さらに犬の論理(ロジック)は、抽象概念をほとんど持たないため、人間とは異なるパターンを持つ事があると言う事です。

犬は、人間より単純で直裁的で最短距離をたどって、相手の態度から自分の反応を決める事が多いと意識しておきましょう。つまり人間の側の挨拶が下手なら、犬は「挨拶もまともに出来ないたいした事のない相手」と人間を見なしてしまう可能性があるのです。では飼い主は犬との挨拶でどんな点に注意し、どんな風に挨拶すれば良いのでしょうか?

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ソフトバンクの店舗前にある「犬のおとうさん」のマスコットに挨拶するジャン。犬の視力は弱いので、このバルーンの犬でさえ、犬から見ると、耳をピンと立て、黒目と口元でしっかりした表情を作った、強そうな犬に見えるのかも知れない。つまり人間が犬の真似をして挨拶するときも、挨拶に必要な部位が、それぞれ犬に似ていれば良い事になる。

以前の記事でも書きましたが、僕は犬が人間の手を犬のマズルの様なものと捉えていると考えています。そのため飼い主が上位と見なされている立場であっても、挨拶の際に下位の犬の様に手で振る舞う事ができれば、大抵の犬は相手を恐れずに受け入れる事が出来るのです。これは上位の犬が、子犬や怖がっている犬をなだめるのに取る行動と相同です。

反対に、人間が無意識であっても上位の犬、あるいは威嚇している犬の様に振る舞うと、犬は最悪反発から防御のための攻撃を行う事もあります。人間が相手の犬を無条件に制御出来るようになるには、挨拶行動で仲間と認めてもらい、その上で、あなたが上位と犬から先に認めてもらう必要があるのです。

初対面の犬、あるいは中々なついてくれない犬に挨拶する時は、下記の様な点に注意してあいさつしてみましょう。

  • 全身をリラックスさせる
  • 姿勢を低くする
  • 視点を犬の視点に近い位置まで下げる
  • 手は指先をすぼめて、手の甲を上にして見せる
  • 歯を見せる笑顔で、低い位置からすぼめた手を犬の顔より低い位置で差し出す
  • 犬が自分の手の匂いを嗅ぎに来たら、しばらく自由に嗅がせる
  • 相手の犬の緊張が解けたかどうか、ボディランゲージを読む
        
    (背中の毛が立っていない・尻尾が下がっていない・口の端が後ろに引かれているか軽く口が開いている・逃げ腰になっていない、など)
  • 相手の犬の緊張が解けていれば、ゆっくり指先を上にして、犬のアゴを下からそっと撫でる

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犬の扱いがうまい人は、犬の挨拶を一通り受けたあと、犬のあごの下や耳の周りを上手になでたり、軽く掻いたりする。犬は自分では出来ない、微妙な手指の接触を喜び、自分に上手に触れる事が出来る人間にたちまちなついてしまう。

この様に、初対面の犬や自分に十分なついていない犬に挨拶する時は、姿勢を低くし、笑顔を見せながら、手の甲を上にすぼめてゆっくり犬の視線より下から突き出します。犬は人間の笑顔とすぼめて差し出された手をセットで認識します。人間的な感覚からすると、目と歯がある顔と鼻面の代用品が離れた位置にあるのは異様な雰囲気ですが、犬はそれぞれが別の位置にあっても、双方が敵意を示すサインを見せていなければ、セットで安全と認識し、その位置のずれまで気に掛けたりしないのです。

こんな風に、人間が犬の友好的な挨拶を示す身体の部分を、上手く自分の表情や手で表現できれば、相手の犬は、他の犬が耳を引き、姿勢を低くして、リラックスした顔で近づいた場合と同じ反応を見せ、挨拶を受け入れてくれるはずです。

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とっくみあい遊びをしたあとで、向かい合わせにフセ姿勢を低くし、お互いに落ち着こうとしているマイロとジャン。マイロが軽く顔を背けているのは、ジャンとこれ以上とっくみあい遊びをする意志がない事を示すボディランゲージらしい。これも一緒の挨拶行動だろう。

緊張は、ぎごちない仕草だけでなく、アドレナリンの分泌を促進し、体臭にも緊張が現れます。

犬は、相手が人間でも犬でも、相手の緊張を仕草と匂いの双方かから容易に読み取り、それに対応した振る舞いを取る生き物です。つまり、こちらがリラックスしている様子を、犬に見せ、嗅がせる事ができれば、相手の犬の緊張を緩和することが出来るのです。

幅広いタイプの人間、老若男女を問わず、子犬時代からあらゆる人間に直接触れあう経験を与えられた犬は、相手の人間が自分を見つめている、声を掛けて来た、と言う様子を見るだけで、自ら挨拶行動を取ろうとします。

こうした犬は、少々乱暴な扱いをされても、それを遊びの範疇と見なす柔軟性があるので、人間の側の乱暴な扱いすら上位者が自分に下位として振る舞う様に求めていると解釈し、自分からおなかを出し、時には子犬の様に振る舞う事で、相手をなだめようとさえします。こういう社会性の高い犬に挨拶する時は、上記の挨拶の次の段階として、相手の首や背中を掴む様にもむと、犬は「首や背中を軽く咬まれた」と認識し、より親しげで服従的な態度を取ります。

こうした社会性の高い犬は、対人でも対犬でも攻撃的に振る舞う事は希ですので、子供や犬を扱いなれていない老人の相手も安心して任せることができるのです。その見極めは、犬との挨拶の中でも、ある程度行う事が出来ます。

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断耳・断尾された犬は、自分の感情を相手の犬に伝えにくくなるので、挨拶をするうえで不利になるが、全身で示すボディランゲージで多少は補完できる。スタフォードシャーブルテリアとジャックラッセルテリアは、どちらも咬傷事故の上位にいる犬たちだが、キチンと挨拶を交わせるだけの社会性があれば、何の問題も起こさない。この様に社会化と犬同士の挨拶行動は、お互いの緊張を和らげ、攻撃を抑制する効果がある。

一方、家族やその友人など、狭い範囲の人間にしか社会化されていない犬は、見知らぬ人や、自分が知らないタイプの人を避けようとします。また一度でも、知らない相手から好ましくない扱い(叩く・掴む・持ち上げるなど)を受けると、知らない相手=危険な対象と負の学習をしてしまう事もあります。その結果、知り合い以外の人間は全て避けるようになり、最悪、見知らぬ相手からの接触に対して、恐怖が転じた攻撃を行う事もあるのです。

社会性の低い犬、つまり社会化が不十分な犬は、こうした負の循環に陥りやすいので、飼い主や訓練手が意識して、社会性を高めるような経験を積ませなければなりません。

自分の飼い犬の訓練が上手く行かない場合、もしかしたら飼い主の挨拶行動が下手だったり、不十分だったりして、犬から見て「 たいした事の無い奴」と見なされているせいなのかも知れません。あるいは飼い主が犬にリーダーシップを発揮しようとするやり方が、犬の倫理観や論理的思考と一致しないため、犬が反発してしまっている可能性もあるのです。

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犬をなでようとしたら咬まれた、という経験から犬が嫌いになる人は意外に多い。犬から見て、上から近づく開いた人間の手は、大きく口を開いた怖い犬に見えるらしい。そのため「絶対に危害を加えない相手」でない限り、犬は頭をなでようとした手を怖がり、時には咬みつくことになるのだ。

犬の問題行動解決でも同じ様な事が言えます。問題行動を個々の振る舞いに分解し、その行動を引き起こしている原因の候補を整理し、原因毎に様々な対処の選択肢を検証して、必要なら専門家や経験者から情報を入手して、可能性が高そうなものから対応を行う必要があるのはもちろんです。

しかし、そういうアプローチを経ても、問題行動に改善が見られない場合、もっとシンプルに、飼い犬にたいする自分の挨拶行動が不十分な可能性も見直した方が良いと思います。たとえば帰宅した飼主を飼い犬が大喜びで迎える際、あなたは犬に十分挨拶を返しているでしょうか?

日常の挨拶を犬ときちんと交わせる人間、自分の感情を声符の音声に、犬の分かる形で込める事が出来る人間は、初対面の犬から見ても「礼儀正しく、感情が豊かで、頼りになる犬(人間)」と見なされ、犬に尊敬される立場を占める事が出来る様になるのです。

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怖がって近づいてこない犬にマイロが自ら見せるボディランゲージ。このおなかを見せる仕草は「ゴロン」と言う声符でわざわざ訓練したものだが、マイロはこの姿勢を取るとたいていの犬が安心して寄ってくることを学習し、自らおなかを見せて相手を落ち着かせる様になった。ジャックラッセルテリアの高い問題解決知能にはしばしば驚かされる。-目次はこちら-

犬が理解しやすいコマンドとは?

 

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マイロ・田んぼ」と繰り返すと、マイロはうれしそうな顔をしながらも、耳をいつもよりも動かして、繰り返し顔を傾け、良く聞き取ろうとする仕草を見せた。彼女は勘の良い犬なので、散歩と田んぼのわずかなイントネーションの差に気付いたのかも知れない。

職業で使役犬を扱う訓練士は、しばしば英語のコマンド(声符)で犬を訓練します。たとえば盲導犬の訓練で使われる声符は全て英語です。シット(座れ)、ダウン(伏せ)、カム(来い)、ヒール(左につけ)、ウェイト(待て)、ゴー・ストレート(まっすぐ進め)と言った具合です。なぜ日本で日本人が使役するのに、わざわざ英語で訓練するのでしょう?それは日本語には曖昧な表現が多く、一つの動作を表現するのに様々な言い方があり、日本語の声符だと犬が間違いやすいからです。では、自分の飼い犬を訓練する時に使う声符は、どんな事に気をつければ良いのでしょう?

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上は森林狼の遠吠え、下は飼育下にある狼と狼犬が鳴き交わしているところ。相対的に見て、狼の遠吠えの方が広い周波数帯域を含んでいることが分かる。飼育下にある狼犬の声は人間の話し声に使われている周波数帯に近い事に注目。彼らは人間に飼われているうちに、人間にわかりやすい音域で発音する習慣を身につけたのかも知れない。

人間が音を聞き取れる周波数の範囲を、ヘルツ(Hz)で表すと、およそ20-20,000Hzと言われます。人間はこの周波数領域の中で、10,000Hz付近を音声として良く使います。一方犬の可聴域は人間より広く、およそ40-65,000Hzの音が聞き取れると言われます。犬の聴覚は低い音は人間と大差ありませんが、高い音は人間の三倍以上の高音を聞く事が出来るわけです。しかし犬自身が、コミュニケーションに使う音声は、基本的に吠える声、唸る声、クンクンなく声と言った、自前のバリエーションを大きく越えることはありません。

ここで人間と犬の声における差が問題になります。人間は母音と子音を組み合わせて言語を構成しますので、日本語では濁音と半濁音を除いても50音もの音を使い分けることが出来ます。一方犬は自分で子音をほとんど使わないので、人間の言語の子音の成分をきちんと認識出来ていない可能性が高いのです。たとえば・・・英語でシットと命じた声符は、犬が聞いた場合イッオと認識されている可能性が高いのです。

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スワレと命じられて、おとなしく対面に座ったジャン。ピークのはっきりした音声で、常に同じ声符と視符を使い、可能なら3語以内に区切って命令すると、ジャックラッセルテリアのような訓練難易度の高い犬種でも命令された事を理解しやすい様だ。ちなみにマイロもジャンも人差し指を立てる視符には従うが、オスワリと言われても停座姿勢は取らない。これは訓練の初期でオスワリと言う声符を使わなかったせいだ。

人間が喋っているとき、その音声のスペクトルを分析すると、複数のピークが次々に現れるのが分かります。このピークをフォルマントと呼びます。aiueoと言う日本語の母音には、500-3,000KHzに点在する明確なフォルマントがあります。しかし子音には、明確なフォルマントがありません。母音の区別は第一フォルマント(約500-1,000Hz)と第二フォルマント(約1,500-3,000Hz)を見れば、実際の声を聞かなくても区別できる明確な差があります。

犬は自分の音声に子音を利用する事がほとんどないため、飼い主である人間の声を母音のフォルマントを頼りに聞き分けている可能性が高いと思われます。さらにフォルマントは個人によって異なりますが、家族間ではよく似ています。これは子供や幼い妹弟が、父母や年上の兄姉の喋り方を模倣して、自分の音声を形作っていくからです。

犬は飼い主家族のそれぞれのしゃべり方やフォルマントが似ている事も聞き分け、初対面でも飼い主の兄弟や両親の声に対して、肯定的に尻尾を振って歓迎の挨拶もします。おそらく犬にとっては「同じような匂いと吠え声を持っているからこの人も身内」と感じられるのでしょう。

先に述べたように、犬はフォルマントから母音を聞き分けることはできますが、子音の全てを聞き分けることができないようです。そのため、犬に「さんぽにいこう」と話しかけると、犬は「あんおいいおう」と犬の吠え声の様な形で飼い主の声を認識していると思われるのです。

上は散歩、下は田んぼを録音してピークをサンプリングしたところ。人間なら聞き間違いの無い単語同士だが、同じ抑揚で犬に聞かせると、犬はどちらでもしっぽを振って散歩を期待している様子を見せる。

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これは簡単な実験によって確かめる事が出来ます。「散歩」と言う言葉を聞くと、嬉しそうに尻を振って同意する犬に「安保」「田んぼ」などと同じ母音とイントネーションを持つ単語を聞かせて見てください。犬は多少懐疑的なボディランゲージを示しますが「散歩」を期待して同じ母音とイントネーションを持つ単語には、同じ様に尻尾を振って喜びを表現するはずです。

この様に犬は音声バリエーションを、日本語なら主に母音の5音で聞き分けている可能性が高いのです。そのため3-4音節で母音の変化がはっきりした声符は良く理解しますが、長い文節になった命令は理解しにくい様です。

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フセ・マテと命じられたジャンは、他の犬が通りかかっても、命じられた場所でフセを続けている。この様に犬が理解しやすい言葉で命令すると、犬は安心して飼主の命令に従い、飼い主を待つ事が出来る。

例えば買い物の途中で犬を店の近くにつなぎ「スワレ・マテ」と区切って命令した場合と「良い子だから、そこで、おとなしく、待っていてね」と優しく命じた場合を比較してみましょう。

「スワレ・マテ」は「うあえ・あえ」と飼い主が吠えた様に犬に聞き取られ、それぞれの声符の意味を、スワレは停座を、マテは待機を意味すると学習している犬にとって理解しやすい命令です。そこで犬は「ここで待っていればいいのだな」と安心して飼い主の帰りを待つ事が出来ます。

しかし、後者のような、丁寧な言い方だと、犬には「いいおあああ、おおえ、おおあいう、あっえいええ」と、同じ母音が繰り返される、意味が分からない吠え声で飼い主がなにか言ったので、何だろうと考えている内に、飼い主がいなくなった、ととられてしまう可能性があるのです。その結果、命令を上手く理解できなかった犬は不安に駆られて、飼い主を呼び戻そうと吠えてしまう事もあります。

犬と人間の声音の理解には、以上の様な差異があると思われます。この差異を考慮して声符(コマンド)を選ぶ必要が生じます。注意点をまとめると、以下の様になります。

  • 犬を訓練するときは、常に同じ声符を同じような音程で発すると犬に理解されやすい。
  • スワレ、オスワリという風に、意味が同じならより短い声符のほうが良い。
  • 犬が5音の母音の組み合わせとイントネーションで声符を覚えようとする可能性も考慮して、できるだけ3音以下で母音の変化がある声符を使う様にする。
        
    例)スワレ=>うあえ、マテ・ヤメ=>あえ、ツケ=>うえ、ツイテ=>ういえ、コイ=>おい

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マイロとジャンは4才と3才でやっと1匹ずつ別の命令に従う様になった。マイロ・スワレ、ジャン・フセと命じられ、それぞれの命令に従った2匹。ラブラドル犬なら生後3ヶ月でマスターする事なのだが、時間がかかったものの出来る様になったので、まあよしとしよう。

たとえば母音が異なる声符でも「マテ」と「お手」を中途半端な発音で命じると、犬にはそれぞれ「アエ」「オエ」と似通った声符に聞こえてしまうため、待てと命じた犬が前足を差し出してきたりする事もあります。

ですから、訓練難易度の高いジャックラッセルテリアなどを訓練する時は、まず必須の声符と視符を覚えさせる事を優先し、母音が近い声符や芸に類する声符は教えない方が良いと思います。オテが出来なくても、普段の生活では困ることはあまりありませんが、マテに従わない犬では、散歩に連れて行くのが不便になってしまうからです。

もちろん犬の呼び名もはっきりした母音で構成された短い名前がお勧めなのは言うまでもありません。たとえば家の犬たちは自分の名前を、マイロ=>あいお、ジャン=>あ゛ん、と聞き取っているのかも知れません。-目次はこちら-

【参考文献】
・『音声知覚の基礎』(ジャック・ライアルズ著)


子犬の社会化とは何か(前編)

 

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ジャックラッセルテリアの前、家には紀州犬とラブラドルリトリーバー(ラブラドル犬)という真っ白と真っ黒の犬がいた。2匹とも牝でラブラドル犬がお産をしたとき、紀州犬は頼まれたわけでもないのに自ら乳母を買ってでた。写真はラブラドル犬が散歩に出るときに、紀州犬に子犬たちを託しているところ。このように社会性の高い犬たちは、家族という群れの中で生まれた子供たちを一致協力して育てることができる。

僕は犬を子犬から育てる場合の最重要課題は社会化だと考えています。犬の祖先の狼は原始的な社会生活を行っていた人間と、社会性と言う共通点があり、幼少期に訪れる社会化期の間なら、異種の動物でも仲間と見なす事が出来る柔軟な社会性があったからこそ、人類最古の家畜になれた、と考えるからです。たとえば近年飼養数が増えた洋犬の多くは、成犬になってからでも訓練のやり直しができる犬がほとんどです。つまり人間が行う訓練は、あとからでもやり直しが効きます。しかし本当の意味で子犬の社会化に最適な時期、社会化期は生後4ヶ月以前で終了してしまうので、子犬から飼う以上、この社会化期を無駄にしてはいけない、と考えているのです。では、子犬に大切な「社会化」とはどういう事をいうのでしょうか?

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自分とは似ても似つかない、たれ耳箱口の真っ黒な子犬たちに寄り添った紀州犬は、きつい目でケージの外を見張っている。彼女は飼い主家族が子犬に触っても気にしないが、外来者が子犬に手をのばそうものなら、警告も無く咬みつこうとさえした。子犬たちは、こうして母親と頼りになる義理の大叔母に守られて、初期の社会化を始めることになった。

社会化は子犬から犬を飼いたい方、犬の幸福を考えたい飼い主さんには必須の事だと思います。少し難しい話も含まれますが、どうぞおつきあいください。

子犬の社会化を人間の側から定義すると、「人間が作り、犬が共に暮らす社会は客観的現実なので、そこにある明文化されていない制度・法則・伝統・倫理感に従って行動出来る様に子犬をしつけ、子犬が成犬になった時、立派な社会の一員になれる様に育てること全て」と言う事になると思います。 

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子犬たちは起きている間は母乳を飲んでいるか、取っ組み合い遊びをしているか、というくらい、くんずほぐれつしてよく遊ぶ。際限なく取っ組み合い遊びに興じ、お互いに咬んだり咬まれたりしているうちに、自然と攻撃抑制を覚え、本当の意味で甘咬みが出来るようになっていく。獲物回収犬であるラブラドル犬にとって必須の、獲物を損なわずに持ち帰るためのソフトバイトも、こうして自然に身に着いていく。

子犬を社会化する過程で、人間と犬の成長過程の共通性が重要な要素になります。人間も犬も未熟児で生まれる社会性動物なので、個体がその種の社会の一員になるためには愛情豊かな環境で学習しながら育つ、言い方を変えれば保護者の下で豊富な社会経験を積みながら育っていく過程が必要なのです。

人間の子を幼時からきちんと社会化させずに愛情が少ない環境で育てると、時として他人の気持ちを全く理解出来ない社会病質者(精神病質者ソシオパス)になってしまう事があります。社会病質者は他人の痛みや悲しみなどをうまく理解出来ないため、しばしば傷害や殺人などの重大犯罪を引き起こします。犬も子犬時代に社会化を怠ると、他の犬や人間の痛みを理解出来ないまま育つため、思い切り相手に咬み着き怪我をさせたり、最悪相手を殺したり、つまり犬の社会病質者になってしまう事があります。僕はこの社会性の欠如こそが、犬が咬傷事故を引き起こす最大の原因だと考えています。

漠然と子犬の社会化と言われるとなんとなく分かったような、分からない様な言葉ですが「子犬が犬と人間の社会の一員になるための学習する過程」と定義すると、抽象的ながら少しはわかり易くなるでしょうか。

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取っ組み合い遊びを繰り返すうちに、子犬は甘咬みを覚えるだけでなく、上下関係も構築していく、この段階で飼い主が介在すれば、人間に対する社会化も始めることが出来る。

では、実際にはどうやって子犬を社会化させれば、飼い主は自分の飼い犬を立派な社会の一員に育て上げる事ができるのでしょうか?僕の知る限り、この課題を明確に説明している日本語の犬の飼育本、訓練本はまだ見た事がありません。そこで人間の社会学の概念を通じて犬の社会化を考えて見ることにします。なぜ人間の社会学まで考える必要があるのかと疑問に思う方もいらっしゃると思いますが、これは犬が暮らしていかなければならない場所が、人間の社会そのものだからです。

まず子犬でも人間の子供でも、個体がそれぞれの社会の一員になるためには、その社会が要求する行為のパターンを個に押しつける事が必要です。ここで人間では上位自我が関係してきます。宗教によって社会的規範が守られている社会なら「神に恥じる事のない行い」が社会化の過程で子供が学ぶべき重要な行動規範になります。日本の様に様々な宗教が信仰され、また無宗教が容認される社会では、時々謎めいた神の代替物が上位自我を占める事もあります。たとえば「お天道様に申し訳が立たない」とか、「お客様は神様です」とか…人間は自己の行動を規制する上で、仮の上位者や法律を利用する事も出来る生き物なのです。

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子犬は専用の乳房を持たないので、子犬同士の力関係でどの乳房から乳を飲むか決まる。気の強い子犬ほど良く乳の出る乳房を独占できるため、上位の子犬ほど体格がよくなっていく。この様に多産な哺乳動物である犬では、母犬と子犬たち相互の関係が、そのまま次世代の上下関係にまで影響していく。

犬の場合、幼少期に上位自我に相当する部分は、主に母親が受け持っています。離乳以前の子犬にとって母犬は母乳と言う食事を与え、糞尿の処理を行い、自分を守護してくれる絶対者だからです。同時に多産である犬では、子犬の兄弟姉妹が、もっとも近しい、そして最初の社会化の相手になります。

子犬たちは眼が開き、巣穴の中で動き回れるようになると、食事時と寝ている時以外は、際限なくお互いに咬み着いたり、咬み着かれたりして取っ組み合い遊びを始めます。この過程で初期の社会化が始まります。相手を強く咬みすぎると、同じようにやり返される、あるいは相手の兄弟犬が逃げてしまい、楽しい取っ組み合いがすぐ終わってしまう、そんな経験を繰り返す内に、子犬たちは、相手を強く咬みすぎないで楽しく遊び続けることが出来るようになっていきます。子犬は最初に兄弟姉妹との取っ組み合いを通じて、本当の意味の甘咬みを覚え、同族である犬に対する攻撃抑制を身につけて行くのです。

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前の写真の母犬のラブラドル犬は紀州犬が1歳の時、生後2ヶ月で家にやってきた。食事の時間になると、ラブラドル犬の子犬は何も教えないのに、義理の母となった紀州犬をまねて、座って食事を待つようになった。この様に子犬は年上の犬の振る舞いを模倣するので、先住犬のしつけや訓練がきちんと入っていれば、新参犬の訓練も順調に行くことが多い。これも社会化の利点のひとつだといえるだろう。

子犬が外に出て遊べる様になると、複数の犬を飼っている家なら、血縁の有無にかかわらず若い年上の犬が子犬の相手を務めるようになります。ここで子犬は大人犬を相手に取っ組み合い遊びを繰り返し、相手を咬み殺す事の出来る強靱な顎と牙を持つ大人犬になっても、むやみに身内に怪我をさせずに付き合えるように、より高度な攻撃抑制を学んで行きます。こうして子犬の中で犬全般に対する社会化が進んでいくのです。さらに飼い犬では犬の飼い主や繁殖者が、適切な時期に子犬の社会化の現場に介在すれば、犬対犬で社会化を経験した子犬は、人間に対しても社会化され、甘咬み(抑制された咬み)が出来るようになっていきます。

ところが、近年犬の量販店で行われている衛生管理優先の個別飼育は、子犬からこの初期の社会化の機会を奪ってしまいます。最悪の場合は、母犬や兄弟と過ごす期間が短すぎたため、全く咬みの抑制を知らない子犬が初心者の飼い主に売られる事もあります。それが小型でも咬む力の強いジャックラッセルテリアの様な犬種だったらどうなるでしょう?飼い主はカワイイ外観と、日々流血を引き起こす凶暴な子犬のギャップに耐えかねて、飼育を放棄してしまう事も珍しくないのです。

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散歩の後で、日向に置いたパレットにこもって昼寝するラブラドル犬の母子。子犬の分譲まで親兄弟と過ごした子犬は、高い社会性を身につける事ができるので、新しい家にいってもすぐに家族になじむことが出来る。可能なら新しい飼い主は、子犬と一緒に寝てやることで、母犬に近い地位を短時間で占めることができる。さみしがって夜泣きする子犬に、毛布でくるんだ目覚まし時計を与えるより、飼主の心音を聞かせながら寝かしてやるほうが効果的なのは言うまでもないだろう。

ここで社会化の仕組みに話を戻すと、子犬が犬と人の社会の中で支障なく暮らしていくためには、まず他者の気持ち(感情)を推測し、そこから他者に対する自己の行為を形成しなくてはなりません。犬にそんな事ができるのか?と意外に思われる方もいると思いますが、先に述べた、相手を強く咬むと、相手も強く咬み返してくる、と言う実体験から、子犬は「やり返されないためには、相手を強く咬みすぎてはいけない」と言う事を幼時から学ぶことができるのです。さらにより強い犬が、わざと弱い子犬に負けてやる「役割の入れ替え」も観察出来ます。これは人間の子供が行う「ゴッコ遊び」やロールプレイに相当する高度な社会的行動と言えるでしょう。

こうした行動上の抑制や役割交換を幼時の経験によって獲得する能力は、犬の祖先の狼が自らの武器である牙で同族を傷つけずに、統率された群れで狩りを行うのに必要だったため、社会的行動を進化させる過程で獲得した能力と思われます。見方を変えれば、同族殺しをすぐやるような種族は、群れを形成できずに単独で暮らすようになったか、滅んでしまい、社会的攻撃抑制をもったグループだけが協力して狩を成功させ、社会性動物として生き残った事になるのでしょう。

この様に現在のイエイヌは、他者との相互作用による学習によって学ぶ攻撃抑制を、オオカミからそのまま引き継いでいます。当然ペットの量販店が行う「子犬の分離飼育」は、その機会を失わせる、最悪の飼い方と言う事になるわけです。

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小学一年生の子供と散歩にでた若いラブラドル犬の牝。犬の体重は20kg以上、子供の体重は15kgしかないが、子犬のころから社会化を徹底し、きちんと訓練した犬なら、大型犬でも小さな子供が散歩することは何の問題もない。-目次はこちら-

犬が示す友愛感情の起源

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おじいさんと孫と二人を見守る二匹の珍島犬。他人には容易になれないプリミティブドッグも、家族の前では忠実で従順な顔を見せる。異種である人間の飼い主に友愛感情を示す犬の性質は、いったい何に起源をもつ性質なのだろう?

前回に引き続き、犬から見た世界はどの様なものなのか、犬とその祖先動物とされる狼の行動から考えてみたいと思います。今回の話は「なぜ犬や狼は家族を守り、仲間を気遣うのか?」です。犬が仲間の犬だけでなく、人間の飼い主や家族に見せる強い愛情、たとえば、飼い主と散歩に出るのを喜び、飼い主と引き離される事を悲しみ、飼い主の敵を攻撃し、飼い主に危険を知らせて吠える、そんな愛すべき犬たちの行動の元になっている友愛感情は、どのようにして出来たのでしょう?

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代々木のドッグランに遊びに行った時、家内が飲み物を買いに一人で外に出たことがあった。ジャックラッセルテリアのマイロは、他の犬との遊びを中断し、家内が出て行った出口を見つめ、家内が帰ってくるまで、じっとひとりで待っていた。普段のお転婆ぶりからは想像もできない忠犬ぶりに見えるが、僕はこれを「行動中に群れのメンバーがはぐれることを嫌う狼の性質」に起源を持つ行動だと考える。

僕は長年、様々なタイプの犬を飼い、自分の飼い犬以外でも犬の問題行動の対策として、多数の犬の訓練に関わってきました。学生時代から、その解決の一助として、群れで飼われている狼の行動観察を繰り返し、古今の文献も調べて来ました。その結果、ほとんどの犬の行動は、狼の社会行動からかけ離れたものでも、犬独自に進化したものでもなく、犬の行動の大元には、狼の行動があると考える様になりました。

さらに、その行動観察の過程で、犬が人間にみせる忠誠心や愛着の感情も、子狼が親狼に持つ感情と相同であると考えるようになったのです。僕は、イエイヌの祖先はハイイロオオカミであり、犬は人間の家畜になる過程で狼がネオテニーを起こした事で生じたと考えています。今回は、狼の家族に対する愛情がどのように生じ、それがどんな風に犬に受け継がれているかについて考えてみたいと思います。

僕は人間と狼の形質で注目すべき共通性は、単独のときの弱さと群れになったときの強さだと思います。狼は大型の草食動物を襲う肉食獣としては、相対的に小柄なので、群れで狩りを行う必要があります。さらに狩りを成功させるためには、獲物の選択、追跡、襲撃、分配と言う狩猟の全行程で、統率の取れた行動が必要になります。そのため群れの雌雄の頂点に君臨するアルファ牡とアルファ牝がリーダーとなって群れの統率がはかられる緊密な社会生活が営まれます。

狼の場合、獲物が相対的に大柄なため、確実に獲物をしとめるには、狩りに参加出来る一定以上の数の狼が必要になります。そして狼の猟は群れのメンバーが交代で行う追い込み猟が主体です。彼らは草食獣の群れから、弱いもの、年老いたもの、幼いもの、不注意なものを選別し、群れから引き離し、その驚くべき持久力により、獲物が疲れて走り続けられなくなるまで追い詰め、最後はアルファの襲撃で獲物を引きずり倒し、文字通りメンバー全員で襲いかかり、八つ裂きにして食べてしまいます。狼の猟が残酷だとする西洋的な発想は、この狩りの観察からきたものでしょう。

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不審な物音に一斉に耳を澄ませ身構える狼たち。狼の群れは、統一のとれた行動によって、群れのメンバーを守り、狩りを成功に導く社会性動物の好例であり、原始時代、狩猟と採集によって生計を立てていた人間とよく似た社会構造を持つ。

ここで狼は、狩猟について厳密な論理的選択を行っています。狼は猟果の大きさを最優先するのではなく、群れ全体の安全を優先できる狩りを選択している様に見えるのです。これはいくら猟果が大きくても、猟のたびに死んだり怪我をしたりする狼が続出するようでは、次の狩りが出来なくなってしまうことから出来上がった習慣でしょう。

進化の結果、ある動物群に社会性が芽生えるには、個体毎の形質の差から起こる進化と平行して、行動の面での進化が必要です。そして社会性動物の行動の進化は、その群れのメンバーがどの程度損なわれても継続繁殖が可能かと言う、一種の経済原則によって進んで行く場合もあります。

例としてミツバチの巣の防衛行動を見てみましょう。彼女たちは卵を産む唯一の存在である女王さえ健在なら、メンバーが大量に死んでも、群れ全体の利益(生存)は確保出来るため極端な戦術をとります。たとえば巣が外敵に襲われた時、働き蜂は外敵に毒針の攻撃を行います。しかし一度刺すと、針は毒の分泌器官ごと腹部からちぎれ、その働き蜂は死んでしまいます。つまりミツバチは多数の働き蜂を犠牲にして、敵に長く続く痛みと言う負の学習を行わせる事で巣を守ると言う、群れのメンバーを消費する防衛戦略を選択しているのです。

これは一匹の女王が産んだ姉妹からなる群であることで成立した行動進化だと思います。働き蜂にとっては、自分で配偶者と繁殖して、子に自分の遺伝子を半分残すより、自分と同じ遺伝子を持つシスターズを守るために死ぬ方が、自分と同じ遺伝子を残し易い事になるからです。そして狼も、自分の両親であるアルファの雌雄が産んだ子を、兄姉が協力して育てると言う点でミツバチに似たところがあります。

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子犬の頃から、たくさんの人間に社会化して育てた犬の場合、特に子犬の時に良く構ってもらった人間に示す友愛の仕草はかなり大げさなものに見える。とくに人間が姿勢を低くして犬に接した場合、それは顕著に表れる。

しかし狼は、メンバーを犠牲にして猟果を高める戦略を選択しませんでした。狼は成獣になるまで、生後2年間もかかり、狩りに参加するには、さらに群れの中で経験を積まなくてはならない生物だからです。つまり狼にとって、群れの構成員が死ぬ事は、避けなくてはならない重大な損失なのです。

もちろん、狩りだけでなく、怪我や病気、人間による迫害によっても、一胎子の狼の兄弟姉妹は減って行きます。そんな中で狼の群れは、メンバーが一定以下に減らないように、群れの全員が安全に狩りを出来る条件を優先し、お互いを守り、世話をし合うようになったのだと思います。これは反対の見方をすれば、群れのメンバーの安全を顧みない様な危険な狩りを行う狼の群れ、仲間を守らない狼たちは滅んでしまい、群れのメンバーの安全を確保しながら狩りを行った狼たちだけが、次世代を残し、現在まで生き残ってきた結果でもあるのでしょう。そして狼の群れの行動は、人間の社会行動に良く似ていると思います。

狩の際、狼が狩る獲物の選択は、時に矛盾している様にも見えます。極端に餓えていれば別ですが、狼は大柄な護羊犬に守られた羊の群れを滅多に襲いません。羊自体は、野生の草食動物より狩りやすい獲物ですが、もし羊を襲えば、護羊犬との戦闘は避けられず、護羊犬によって狼の群れのメンバーが致命傷を負う可能性があるからです。そのため狼が羊の群れを襲うときは集団で襲い掛かります。狼が一対一の対決を避ける「卑怯な生き物だ」と言う西洋人の解釈は、たぶんこの狼の行動を曲解したものでしょう。

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オオカミの行動を観察すればするほど、その論理的な振る舞いは犬の行動の原型そのものに見えてくる。むしろいわれのない勇敢さでは、ジャックラッセルテリアの様に、育種によって猟欲を高められた猟犬の方が暴勇を振るい易い。写真は下位のオオカミが見せる服従と闘争の様子。耳を寝かし、姿勢を低くして、尻尾を又に巻き込んだ様子は、気の弱い犬が見せる振る舞いとなんら違いはない。僕には狼は血に飢えた野獣というより、計算高い社会性動物の側面の方が強いように思える。

つまり大柄な護羊犬に羊の群れを守らせる手法は、狼の側からみれば「護羊犬がいる羊の群れを襲う事はリスクが高すぎる」と見えるため、わずかな数の護羊犬でも、多数の羊を守る事が可能になったのです。見方によっては、この狼の慎重さを人間が理解して大柄な護羊犬を選択育種したのなら、羊飼いたちの発想は正鵠を射ていたと言えるでしょう。

同じ様な観察は、野生の狩猟動物の選択でも見ることが出来ます。狼が本気で狩りたてる獲物は、基本的に狼が襲いかかった時に、反撃せずに逃げ腰になる相手です。狼は猪も好物ですが、猪が強気で反撃してくれば、それ以上手出ししません。そして狼と近縁のはずの猟犬も、猟野で出会えば、同じ選択基準に基づき、狩るか、見逃すかの選択がなされてしまいます。

狼は猟野で出会った猟犬をしばしば殺します。狩られるのは、脚が遅く、単独では狼に対抗しえない様な犬たちです。一方短時間でも狼に対抗出来る犬、反撃を試みる犬や、狼より身体が大きいか、脚が早い犬は見逃される可能性が高くなります。もちろん狼が理解できる何かのシグナルを出せる犬も生き残る可能性があるでしょう。しかし、多くの例では、反撃してくる相手を獲物にすると、狼は群れのメンバーの損失を覚悟しなくてはならないので、リスクが高い相手、たとえば危険な犬には手を出さない、と言うのが狼側のロジックの様です。

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大人の人間に親愛の情を示す犬でも、人間の子供を嫌う犬は意外に多い。原因は文字通り「大人しく振舞わない子供」に犬が危険を感じるからだが、もうひとつの理由は子犬時代に人間の子供に対する社会化が足りなかったせいでもある。ジャックラッセルテリアの様に、性格に反して外観が可愛い小型犬を飼う時は、対子供への社会化と馴致も念入りに行った方が良い。そうすれば、犬たちは、騒がしく衝動的に振る舞いがちな人間の子供にも親愛の表情を見せるようになる。

この狼たちの行動が家畜化にともないさらに進化したものが、犬が人間に見せる友愛行動だと思います。犬たちが飼い主と家族に見せる強い愛情、飼い主と散歩に出るのを喜び、飼い主と離れると悲しみ、飼い主の敵を攻撃し、飼い主に危険を知らせて吠える犬たちの行動は、狼が群れのメンバーを大切して、お互いに守り合い、社会性動物となった狼の根源的な感情に根ざす行動だとおもわれるのです。-目次はこちら-

【参考資料】
・『犬と狼』(平岩 米吉 著)
・『
狼-その生態と歴史』(平岩 米吉 著)
・『
狼と香辛料II』(支倉 凍砂 著)
地球ファミリー 満月の雪原にオオカミが吠える ポーランド・ソ連国境の森

犬から見た人間はどんな生き物?

 

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幼児がおずおずと差し出した手の匂いを嗅ぐジャン、少女に遊びに誘われ、手を嘗めて挨拶しているマイロ、犬にとって、人間の手は、あるいは人間はどんな風に見えているのだろう?犬から見た人間はどんな生き物なのだろう?

今回は、少し趣向を変えて、犬から見たら、私たち人間はどんな風に見えているか?犬は人間をどんな生き物として捉えているか、と言う事を考えて見ましょう。それが分かれば、犬の訓練やしつけはずっとやりやすくなると思うからです。

僕は生まれる前から犬が複数いる様な家で育ち、幼少期から現在まで50年以上、常に生活環境に様々な犬がいる暮らしを続けてきました。そのおかげで、犬が人間をどんな存在と見なしているか、犬自身の行動からある程度推測する事が出来るようになりました。

まず犬は人間と言う生物を、具体的にどんな存在として捉えているか考えて見ましょう。実は犬から見た人間の姿を、人間の言葉を使って説明すると、かなり怪物じみたものになると思います。それはどんな姿でしょうか?

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ジャーマンポインターのマズルを嘗めて挨拶するジャン、家内の手を嘗めて挨拶しようとするマイロとジャン、並べて見ると、その行動の類似性は明らかだ。

僕は犬が人間を「頭が3つある生き物」さらに「大きな一つの口と目鼻のある頭部と長い首の先に鋭くない牙のある頭部を2つ持つ生き物」と見なしていると考えています。たとえば犬による咬傷事故の被害部位は、腕が一位を占めます。これは犬が人間の手を犬の頭部的なものと認識し、犬にとって急所である首を咬むつもりで、腕に咬み着いているからかも知れません。

最初からなんともロマンに欠ける認識で申し訳ありませんが、そんな馬鹿な?と思われる方は、ご自分の飼い犬が挨拶してくる時、手を舐めたり、手で撫でられるのを喜んだりする様子を思い出してください。

犬が手を舐める行為は、下位の犬が上位の犬に対してとるマズルを舐める挨拶行動に相当し、人間が手で犬を撫でる行為は、母犬が子犬を優しく舐める行為に相当すると僕は考えます。犬は子犬時代の社会化によって、人間的な常識からすれば「化け物」に見えるような人間ですら同族と見なせる柔軟な認識力を持つ生き物なのです。ポイントは、犬は人間を三つも首がある犬、逆らうのが困難なスーパードッグとみなしているかも知れないという点です。

僕はイエイヌを、人間がオオカミからネオテニー(幼体成熟)によって作り出した家畜と考えています。つまり犬は一生大人にならないオオカミの子供の様な生き物なので、成長したあとも人間が使役しやすい家畜になれたと考えるのです。オオカミの子は、大人のオオカミの口元を舐めて食事を吐き戻して与える様に促します。この行動が犬の挨拶行動として引き継がれていて、下位の犬が、上位の犬や飼い主である人間の顔を舐めて挨拶する行動の元になっています。ですから、飼い主が手から犬に餌を与える行為は、親犬が子犬に餌を口移しに与える行為に相当するはずです。

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素手でオオカミたちに餌の生肉を与える飼育係の写真を見ると、オオカミたちは、飼い犬の様に耳を引き、口を広く開き、服従した犬が見せる笑いの様な表情を浮かべて餌をねだっている。こんな風に多数のオオカミたちが競い合っているときでさえ、彼らは生肉を受け取る際に飼育係の手を傷つけないように細心の注意を払う。その様子から、オオカミたちが餌を持った飼育係の手を、餌をくわえて差し出す上位のオオカミの口元と同じようにとらえていることが示唆される。

犬は人間の手に、子オオカミと同じような挨拶行動を取ります。姿勢を低くして、耳を引き、服従の動作をしながら近づき、差し出された手を舐め、時には甘咬みする犬をあなたは日常的に見ているはずです。犬は視力がそれほど良くないので、差し出された人間の手に対して行う挨拶行動は、人間の手を「犬のマズルの様なもの」と、犬が見なして行う挨拶行動と思われるのです。

人間の手に対する犬の反応が、犬のマズルに対する反応と相同であると考えうる傍証は、他の訓練の過程でも見る事が出来ます。たとえばマテと命じて、犬の鼻面に向けて、手を広げて見せる視符に対して、たいていの犬は反射的に動きを止めます。僕は犬の鼻面に向けて広げた人間の手を、犬が大きく口を開いて牙を見せ、自分を威嚇し、それ以上近づくなと主張している、自分より大きな犬の口の様にみなすので、反射的に動きを止め、その場に静止するのだと考えています。

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上位の犬が、調子に乗りすぎた下位の犬を窘める時、相手にむかって口を大きく開き、自分の強力そうな牙と歯列を相手の犬に見せつけて低い声で唸る振る舞いを見せる。十分社会化された犬なら、恐れ入ってふざけるのをやめ静止するだろう。この振る舞いを人間が再現するには、犬の鼻面にむかって、手を大きく広げて低い声でマテと命じれば良い。訓練未了の犬でも、この声符と視符には良く従うはずだ。

さらに訓練が良く入った犬は、訓練手が指さすものに注目したり、指さした先に駆けていったり、指さしたものをくわえて戻ったりもします。この行動も、犬が人間の手を犬のマズル(または第二第三の頭部)と見なしていることで可能になった行動だと思います。

同じ行動はオオカミでも観察できます。群れで飼われているオオカミの群れを根気良く観察すると、上位のオオカミが注目する先を、下位のオオカミが一緒に見つめ、同時に嗅覚で対象を探る行動が観察できます。オオカミの上位者のマズルが向いた先を下位者が一緒に見つめる行為、おそらくは獲物や敵を一緒に認識しようとするこの行為が、人間の指さす先を犬が見る行動の起源だと僕は考えます。この行為は、あらゆる猟犬種で犬同士の間でも、飼い主と犬の間でも頻繁に観察出来る行動ですが、残念ながら犬が飼い主を上位者だと認めていない場合は、あまり見ることが出来ません。

僕は上位者がマズルでポイントした先を下位者が一緒に見る行動に関して、犬とオオカミの間に明確な差を見つけられませんでした。差が生じるのは、むしろ訓練手の能力の差と、犬やオオカミの社会化と訓練の度合いによるものの様でした。この差は犬やオオカミが飼い主をどのくらい重要な上位者と見なしているかで決まるようです。熟練した訓練手に十分馴致され、訓練されたオオカミや狼犬は、容易に人間の視符(主に手によるしぐさの命令)を理解し、中には警察犬並の訓練が入る個体も存在します。

モンゴルの雑技団では、西洋のサーカスのプードルの代わりに、モンゴル平原で羊を守るために間引かれた野生のオオカミがあらゆる芸を披露します。黄色い目と狼肩に気づかなければ、その姿は大型犬と区別できません。反対に愛玩犬として甘やかされて飼われ訓練未了の犬は、プードルの様に訓練性能の高い犬でも人間の指さす先など見ようとしません。

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オオカミの群れが目的を持って活動している時、下位のオオカミたちは、しばしば上位のオオカミの視線に同調する。写真は中央のアルファが警戒音声を上げたところ。他のオオカミはアルファの顔を見たり、注目する方向に視線をむけたりし始め、やがて全員が同じ方向に注目する様になった。犬が人間の指さす方を見る行為の大本には、犬が人間の手を犬のマズルと同等と見なす認識と、こうしたオオカミの協調行動があると僕は考える。

こんな風に、飼い犬が飼い主に対して取る行動を根気よく観察すると、犬が飼い主であるあなたの仕草や言葉をどんな風に捉えているか、だんだん分かって来ると思います。たとえは悪いですが、犬から見た人間は怪獣キングギドラみたいな3つの頭を持つ怪物的存在なのです。

幸いな事に、犬は私たち人間の姿が自分に比べてどんなに変でも、子犬の頃から十分人間に社会化すれば、異様な外観を理由に人間に偏見や敵意を持ったりはしません。

さて、ここまで読んでいただければ、犬にとって人間の手は、社会的に重要な要素であることがお分かりいただけたでしょう。こうした事情があるので、一度でも手による強い殴打を経験すると、「手で犬を打つ行為」は、犬にとって未知の方法での強力な攻撃と見なされ、殴打の結果、犬に人間の手を恐ろしいもの、痛い物、悪い物と言う記憶を植え付けてしまいます。そうなってしまえば、犬種によっては人間とその手を恐れる様になり、視符を使った訓練に積極的に参加させる事も出来なくなります。このため、僕は犬の訓練では、手で犬を押さえたり、掴んだりはしても、一切犬を手で打ちません。母犬が子犬に対して行う行為を手で再現する場合、犬は素直に従いますが、犬の行動のバリエーションにない行為は犬には受け容れがたいからです。

この様に、犬が人間の手を恐れる事がなければ、たとえ人間を三つ首がある化け物的存在であっても、犬は人間を自分の同類と見なして根気良く訓練につきあってくれる様になります。犬は社会化された相手なら、異種とでも協調して暮らすことのできる社会性豊かなオオカミの子孫だからです。

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人間にとって魅力的な笑顔は、実は犬にとっても魅力的であるようだ。これは犬の視力が細かく対象を見るという点では人間より劣り、同時に幼少時に社会化された相手を終生仲間と見なすので、人間と犬の顔を明確に区別する事がないせいだ。そもそも人間が左右に広く開いた口で形作る笑顔は、犬がリラックスしている時にみせる表情と良く似ている。僕が訓練の説明の中で「犬を笑顔で褒めて訓練しよう」と奨める一番の理由がこれだ。-目次はこちら- 

犬を飼う覚悟

                           

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最後に少し昔話をします。僕がなぜ、今のように、訓練によって飼い主と犬の主従関係を築く事が大切だと考えるようになったかと言う、極個人的なお話です。これは自分の経験に基づいた話ですが、飼い主から何らかの理由で引き離されてしまった犬についても大切な事だと思います。

 

僕は、生まれる前から犬がいた家で生まれ、いつも複数の犬たちがいる環境で育った。今から五十年以上前の話だ。僕の初期の記憶の一つに、食堂の床の上を這って進んで行くと言うのがある。やがて食堂の椅子の脚にたどり着き、それに掴まって立ち上がるのだが、実はそれは椅子の脚ではなく、何か食べ物でもないかと、勝手に食堂に入り込んでいた大型犬の長い脚で、僕が立ち上がると湿った大きな舌で僕の顔をベロリと舐めてくるのだった。

その犬は、四足歩行から二足歩行に移行しつつある赤ん坊である僕が、自分の脚をわしづかみにして、えっちらおっちら立ち上がるまで根気よく待ち、僕が立ち上がったところで、興奮してしまい、乳臭い涎だらけの僕の顔を衝動的に舐めてしまった、と言うことらしい。

祖母によると、僕は顔を舐められるたびに尻餅をつき、笑いながらその犬の脚に掴まって立ち上がると言う事を繰り返し、一歳になる頃には犬の背に手を置いて二足歩行が出来るようになったと言う。その犬は老齢の大型犬の牝で、僕が小学校に上がる頃に家族に看取られて息を引きとった。それが親しいものの死を看取った僕の最初の経験になった。

そんな僕にとって、いつも複数の犬がいる暮らしは日常そのものだった。なぜいつも家に複数の犬がいたかというと、祖父が在日米軍の軍属が帰国の際に置き去りにした犬たちを引き取っては、自宅で飼ったり、里親を捜して譲渡したりという事を繰り返していたからだ。そう言う出自の犬たちなので、やはり大型犬が多かった。犬が苦手な人なら、家の前を通るのさえ嫌になるような強面の犬たちが、あるものは庭を、あるものは室内を自由に闊歩して暮らしていた。

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そんな環境で育った僕は、人間と犬の振る舞いの差を明確に区別出来ない時がある。反対に初対面の犬でも、その犬の感情の変化を読み取るのは得意だ。それは犬だらけの家で幼時からたくさんの犬と直に触れあいながら育ったせいかも知れない。犬の感情を自然に読み取れる、あるいは詳しい状況を聞けば、会ったことのない犬の問題行動の原因がある程度は分かる、と言う僕の特技は、こうした過去によってもたらされたものかも知れない。

僕の祖父はかつて上海で軍警察犬の世話をしていたと繰り返し昔話をしてくれた。でも犬以外の事はあまり話したくないようだった。戦争の記憶は祖父のような老人にとって忘れてしまいたい事ばかりだったのかもしれない。祖父は英軍が上海においていったエアデールテリアを受け取り、旧日本軍の憲兵隊の犬として使役していたという。幸か不幸か祖父は負傷し後送され、傷痍軍人として日本で生涯を送った。そんな過去を持っていたせいか、祖父は在日米軍基地で置き去りにされる犬たちに、特別な思いを持っていたのかも知れない。

祖父は元々脚が不自由だったが、僕が小学校に上がる頃には跛行せずには歩けなくなった。
そこで小学校低学年の頃から、犬たちの散歩は僕の仕事になった。多いときは五匹以上の犬を朝晩散歩する必要があった。今なら噴飯ものだろうが、僕は彼らをリード無しで連れ歩いていた。どの犬もよく訓練されていたし、命令が無ければよその人に咬み着いたりしないと祖父が考えていたせいもある。

実際には複数の犬をリードで繋いだりしたら、絡まってしまい、まともに連れて歩けないのと、でっかい犬の糞の始末をするのに、砂を入れたバケツとスコップを持って歩く必要があったので、僕自身がリードを引くのは不可能だったのだ。

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米軍基地から来た大型犬たちは、日本語の声符には反応しなかったが、英語のコマンドと視符には確実に従った。ヒールと言って歩き出せば、犬たちの序列に従って、僕の左横から後ろにかけてぞろぞろついてきた。例外は祖父のお気に入りのダックスフントたちで、彼らは猫をみつけると立木や塀の上に追い上げ、猫が見えなくなるまで帰って来なかった。また大雨が降るたびに下水に入りこみ、人間の顔ほどもあるドブネズミを仕留めて持ち帰ったりもした。当時のダックスフントは可愛い愛玩犬ではなく、脚が短いだけの中型の有能な獣猟犬そのものだった。

そんな僕が、日本に置き去りにされた犬達の里親を捜す時に一番感じたのは、良く訓練され、新しい飼い主にすぐになつき、命令にきちんと従うような犬は、引き取り手が見つかり易いと言うことだった。

 

そして僕は、自分で犬を飼う時、常に自分に課している事がある。

  • 犬を飼う以上、その犬に起こること、犬がやることは、病気でも事故でも、すべて飼い主である自分に全責任があると認識すること。
  • 自分の犬が他人に迷惑をかけないよう、きちんと訓練し、何があっても制御出来るようにして飼う事。
  • 犬にとって散歩や運動は必須の事なので、病気や怪我で犬の散歩に出られない、毎日の訓練ができないという事が無いよう、常に自分の健康に気をつけること。

そして、これが一番大切な事だと思っている。

  • もし自分が不慮の死を遂げたとしても、すぐに引き取り手が見つかる様な犬に育てておくこと。

これはきちんと飼い主の言うことを聞くようにしつけられ、誰にでも可愛がられるような犬なら、万が一僕と死に別れても、生き別れでも、すぐに新しい飼い主が見つかると考えるからだ。これは犬に対する僕の個人的な思いだが、犬を飼う以上、そこまで覚悟を決めて飼うべきだと僕は考えている。犬はそのくらい僕にとって価値のある生き物なのだ。

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つづく -目次はこちら-

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ブランが来たころ、我が家はクルマを買い換えた。双子の子供が生まれる予定だったことと、ブランが著しい分離不安を抱えた犬だったので、どこに行くにも子供と犬を連れて行けるようなクルマが必要になったのだ。当時は、純正で鋼鉄のドッグガードがあり、二人の赤ん坊と母親がリアシートに一緒に座れるクルマは、写真のボルボとメルセデスのワゴンくらいしかなかった。

生後4ヶ月過ぎの子犬の頃、ブランが行方不明になった事があった。これは僕のミスだった。ブランが子犬の成長の過程で通る、恐怖期に入っている事、プリミティブドッグである彼女の恐怖期の反応が一般的な洋犬が見せるものより、極端なものである事を、僕が十分分かっていなかった事によるものだった。

その晩僕は、近くの古刹祐天寺の境内で、ブランに呼び戻しの訓練を行っていた。ロングリードに繋ぎ、スワレ・マテを命じ、ブランに手の平を見せながら、ゆっくり後じさり、ブランが僕から一定以上離れて、ツイテ来たくなるタイミングを見計らって、コイと呼び、手元にやってきたら、大げさに褒めると言う単純な訓練を繰り返していた。いつも犬を遊ばせる広場とは違う場所で訓練をしていたのには理由があった。ブランは自分の知り合いの犬が広場にやってくると、訓練を無視して、その犬に挨拶に行ってしまい、集中して訓練が続けられなかったからだ。

僕は知らなかったのだが、その寺の近くの新聞配達所には牡犬が一匹飼われていた。その犬は中型の雑種で特に訓練もしつけもされておらず、新聞配達所の中で放し飼いになっていたという。その牡犬は時間を決めて散歩もされておらず、時々新聞配達所を抜け出して、寺の境内に行き、マーキングや排泄を行っていたらしい。僕がブランを訓練していた場所は、その牡犬が勝手に縄張りにしていた場所だったわけだ。

僕がブランの訓練を一通り終え、ロングリードを通常のリードに付け替えようとしているところに、その牡犬がやってきた。牡犬にとってブランは見知らぬよそ者に見えたに違いない。彼は僕とブランの間に割り込むような感じで、いきなりブランに吠えかかってきた。僕はブランにコイと命じたが、牡犬はブランの退路に巧妙に先回りし、ブランが僕の方に戻れないようにし向けたため、ブランは僕を中心に大きな扇型に弧を描いてうろうろする事しか出来なかった。僕は牡犬を強制的に排除するしかないと考えて、自分から牡犬に近づいた。これが間違いだった。

牡犬は僕を避けようと、ブランに向かって駆けだした。ブランは吠えながら向かってくる牡犬を見ると、ロングリードを引きずったまま駆けだした。ロングリードは付け替えるため、どこにも繋いでなかったので、ブランは10mほどのロングリードを引きずって走る事になった。僕は慌てて、ブランにマテと命じたが、ブランは背後に迫る牡犬から必死で逃げようとしていたので止まらなかった。

ブランは墓地の間の路地を駆け抜けて行った。その走る姿はリードを引きずっているのに風のように速かった。僕は慌てて追いかけたが、人間の脚で終える速さではなかった。僕はブランが走って行った方向に見当を付けて駆け続け、ブランが知っている様な場所を夜が更けるまで探し回ったが、ブランの姿は無かった。僕は公衆電話を見つけ、家に電話した。

「ブランの訓練をしていたら、放し飼いの犬が襲いかかってきて、ブランは逃げてしまった。家に帰ってないか?」

「いつまでも帰って来ないと思ったらそう言うことだったの。ブランは戻っていないわ」

僕は一旦家に帰って、スクーターを車庫から出してブランを捜し回った。家内も一緒に捜すと行ったが、ブランが家に帰った時の事を考えて家で待つように言った。途中、犬の散歩をしている人に会う毎にブランの事をたずねた。だれもブランを見ていなかったし、ブランは普段散歩に行く場所のどこにもいなかった。

僕はまた家内に電話した。

「ブランはまだ帰っていないわ。でももう夜中過ぎだから、一旦帰っていらっしゃい。ブランは鑑札も迷子札も付けているから、誰かが見つけたら連絡が入るはずだから。明日朝一番で私が保健所に電話しておくわ」

僕もそれ以上捜すあてが無かったので、家内の言うとおりにした。

一晩眠れぬ夜を過ごした。明け方うとうとしている時に、ブランがどこかに繋がれて悲しそうに鼻声を出している夢を見た。僕は早々に目が覚めてしまい、いつも朝の散歩に行く広場に行って、ブランが行方不明になった事を犬の散歩に来た人に会う毎に説明して回った。犬の飼い主はみんな心配してくれたが、誰もブランを見ていなかった。僕は勤め人なので、出社しなくてはならない。仕方がないので、家内にブランが見つかったら電話するように行って家を後にした。

昼過ぎにクラークから伝言があった。

「奥様からお電話がありました。折り返しお電話くださいということです」

僕は慌てて家に電話した。電話にでた家内の声は弾んでいた。

「ブラン見つかったわ。保健所から電話があって、林試の森の近くの幼稚園に保護されているそうよ」

「よかった、無事だろうか?」

「怪我はしていないみたいだけど、誰もさわれないそうだから、これからすぐ行ってくる」

僕は退社時間になると、大急ぎで家に帰った。ブランはいつも通り玄関で待っていて、いつもより大げさに僕を出迎えてくれた。後足が赤くなっていた。ブランの爪が割れていたので、家内が赤チンを塗ったとのことだったが、すでに血は止まっていた。

家内の話によると、ブランは祐天寺から目黒と品川の区境にある林試の森公園の付近まで行ってしまい、そこでロングリードが幼稚園の金網のフェンスに絡まって動けなくなってしまったらしい。幼稚園の先生が首に札を下げているのに気がつき、確認しようとしたらしいが、ブランは人が近づくと、咬む振りを繰り返したそうだ。

ブランが誰にも身体に触れさせなかったので、幼稚園の先生が保健所に連絡したという。家内が保健所の連絡を受け、スクーターに乗って迎えに行くと、ブランはキャンキャン子犬の様に啼いて家内に飛びつき、大喜びで歓迎したと言う。幼稚園の先生はそれを見て、やっぱり飼い主は違うと感想をもらしたそうだ。その先生が近づいた時、ブランは鼻面に皺を寄せ、いきなり咬む振りをしたと言う。

こうしてブランは無事に帰ってきたが、それ以降は、妙に家内に甘えるようになった。ブランにすれば、自分の危機を救ってくれたのは、僕ではなく家内だと感じたのかも知れない。

 ブランが行方不明になって懲りたので、僕はブランにスワレの訓練とコイ(呼び戻し)の訓練を強化する事にした。ブランはツケの命令ひとつで、僕の足下に確実に帰って静止できる犬に育っていった。-目次はこちら-

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ブランはある事件のあと、僕よりも家内によりなつく様になった。僕の命令にはきちんと従ったが、どちらかというと、家内のそばにいることを好んだ。

(承前)ブランは、子犬ながら肝の据わった犬だった。シャワーで綺麗に洗ったあと、晩ご飯をがつがつ食べると、家内が玄関の隅に置いた座布団の上で丸くなって、そのまま眠ってしまった。子犬によくある夜泣きもせずにブランはぐっすり眠っていたが、翌朝5時ごろになるとクンクン鼻声で鳴き始めた。

玄関の土間にはトイレシーツが敷いてあったが、そういえば昨晩家に連れて来てから一度もトイレをした様子が無かった。僕はトイレに行きたいのだろうとブランにリードをつけ、抱き上げて階下に連れて行き、外に出してやった。ブランはしばらく地面の匂いを嗅いでいたが、樹の影にしゃがんで排尿し、すぐにうんちもした。僕はブランのうんちを見て可哀想になった。そこには金緑色に光るオサムシと言う甲虫の羽がたくさん混じっていたからだ。おそらくろくに食べ物が捕れなかったので、地上性の昆虫をあさっていたのだろう。しかしオサムシは自己防衛のために臭い刺激臭を放つ虫だ。その臭い虫すら食べなければ、彼女は生き延びる事が出来なかったのだ。

僕は排泄物を片付けると、慣れないリードに逆らうブランを少し強引に引いて歩き、近所の犬が集まる広場に連れていった。他の犬を見るとブランは元気に駆け寄り、子犬らしい態度で一匹ずつ丁寧に挨拶して回った。まだ乳歯だったので、生後3ヶ月くらいだろうと思われたが、これなら社会化もなんとか間に合いそうだった。

週末、予防注射のために獣医師の伯父のところに連れていった。伯父の見立てによると、ブランはまだ乳歯しか生えていなかったので、ちょうど3ヶ月の後半の紀州犬だろうと言うことだった。子犬は生後3ヶ月目の終わりに、社会化期の臨界期を迎える。ブランとその姉妹犬が、急に僕らになついてきた裏には、空腹が極限に達していただけでなく、臨界期のタイミングもあったものと思われた。

僕はブランから少し採血してもらい、伯父にフィラリアのチェックを頼み、口腔粘膜と血液を母校に持ち込みアロザイム変異(遺伝子の中立的な塩基置換変位)を調べる事にした。幸いフィラリアは陰性だった。電気泳動で現れたアロザイムが示す遺伝子型は、保管されていた和歌山産の紀州犬のサンプルとほぼ一致した。やはりブランは紀州犬とみて間違いなさそうだった。

野犬化しかけていた犬なので、覚悟はしていたが、ブランは著しい咬み癖があった。普段餌を与える僕や家内が相手でも、安易に手を出すと、躊躇無く咬み着いてきた。今まで飼った犬たちは、保護犬でもいきなり咬む犬はいなかった。咬み着く犬はほとんどの場合、恐怖から、あるいは自分の身を守るために咬んでくる。そう言う犬の咬み着くという行為の前には、鼻面に皺を寄せて恐怖を示したり、唸ったり、吠えたりと言う前奏があった。

ブランは違っていた、無言で、全く平静な表情で、一瞬こっちを見たな、と思うと電光石火の早業でカプリと咬んで、すぐ口を離すのだった。

洋犬の子犬なら効果がある「イタイ」と大きな声で言う行為は、逆にブランを興奮させ、咬み着いた手を放さず、まるで獲物を仕留めるように振り回すので逆効果だった。

僕は近所で紀州犬の牡を飼っている人に咬み癖の対策を聞いてみた。その人の答えはスパルタ的なものだった。

「手を出して犬が手を咬んできたら、素早くもう一方の手で鼻面を叩くのです。紀州犬は利口なので、数回繰り返すと手を咬まなくなりますよ」

確かに彼の飼っている紀州犬の牡は、穏和そのもので、だれが触っても好きなように触らせる犬だったが、この方法は試したくなかった。彼の犬は繁殖元から直接引き取ってきた犬で、おそらく子犬時代から一度も悲惨な体験をしていない犬と思われた。ブランは違っていた。彼女は母親と一緒に山に捨てられ、野犬化仕掛けていた子犬を馴致を経て保護した犬だった。そのため、僕が保護するまでにどんな悲惨な経験をしているか分からなかったのだ。

だから僕はブランに人間の手を怖がる様なしつけをしたく無かった。

一緒に子犬を保護したサイトーさんにも相談した。彼は拾ってきた犬にシロと名前を付けて庭で飼っていた。彼は紀州犬だけでなく、甲斐犬・四国犬も飼った事があるということで、彼の話は僕が知らなかった日本犬の性質をかいま見せるような内容だった。

「日本犬って飼い主に深い愛情を持っていながら、それを表現するのが下手な犬だと思うんですよね」

「そう言うものですか?家のブランは、なんだか全然なついてこない気がするのですが」

「たとえば洋犬は、主人が帰宅すると、凄く大げさに歓迎の挨拶をしますよね。でも日本犬はそう言う媚びた態度はあまり見せてくれません。そのかわり、一定以上親しくなった人には、その相手にしか見せない愛情表現をみせます。甘咬みもその一つだと思います」

「う~ん、咬むのも愛情表現ですか」

幸いブランは社会化期の後期と思われたので、僕は毎日朝晩、ブランを犬がたくさん集まる場所に連れていって他の犬と飽きるまで取っ組み合い遊びをさせた。

 

ブランは大型犬とでも平気で取っ組み合い遊びをした。他の犬との遊びでひとつだけ困った事があった。ブランは真っ白な犬なので、相手に咬まれて涎が付いたところに泥が入り込むと、雑巾で拭いたくらいでは汚れが落ちないのだ。仕方がないので、僕はブランを週一回洗う事にした。白い犬なので、皮膚が弱いのではないかと心配したが、幸いダブルコートの生えたブランのピンクの肌は健康そのもので、毎週洗っても全く問題なかった。

ブランは最初の内はリードに引かれて歩く事を強く拒否した。後ろ脚を折り、尻餅をつくような姿勢で踏ん張り、前脚でリードをかきむしった。しかし、僕がブランを連れて行く先に犬がたくさんいる事が分かると、自分からリードを引いて積極的に歩くようになった。

乳歯が永久歯に生え替わる頃になると、ブランの態度に変化が現れた。まず、毎日の取っ組み合い遊びのおかげか、相手をいきなり本気で咬む癖が直ってきて、少なくとも家内と僕には咬み着かなくなった。ただし初対面の人が「カワイイ」と安易に頭を撫でようとすると、その手をよけながら、無言でバクンと音を立てて顎を閉じ、次に手を出したら咬み着くぞと思わせるような意思表示を見せるのだった。実際に咬み着いた事はなかったが、これには困ってしまった。

そう言う困った癖はあったが、彼女は相変わらず、よその犬にも人にも唸りも吠えもしなかった。家内は前奏曲なしに主題に入る犬とおもしろがったが、白い可愛い外観なので、撫でたがる人は多く、僕はそのたびに緊張せざるを得なかった。

おもしろい事に、ブランは家に来た最初の頃に知り合った相手には、人間でも犬でも、子犬の様に耳を寝かし、低い姿勢から身をくねらせて、大げさに挨拶した。これは成犬になってからも変わらなかった。しかし永久歯が生え始めてから出会った相手には、耳を立て、四肢を踏ん張って、子犬ながら偉そうな態度で挨拶するようになった。そして成犬になってから知り合った犬の場合、相手が子犬でも無い限り、全く無視してしまうのだった。

犬に対する好みもはっきり分かれてきた。以前からの知り合いのハスキーや日本犬には相変わらず親しげな挨拶を見せたが、ビーグルやシェルティとは、鼻面をちょっと寄せて匂いを嗅ぐような軽い挨拶しかしなくなった。また、相手が明確な敵意を見せて襲いかかってくると、いきなり無言でバクンと音を立てて咬み着く振りもした。反対に相手がブランを怖がって、ワンワン目の前で吠えても、冷静な表情で耳を立てたまま無視する事が多かった。

僕の見たところ、ブランは、気性は激しいが、闘犬として育種された洋犬の様な凶暴さは見られなかった。ただし、唸ったり、吠えたりを省略していきなりバクンと咬む振りをするのには困った。犬をよく知らない人から見れば、それはいきなり咬み着こうとする犬ととられても仕方のない行動だったからだ。

餌はドッグフードを普通に食べたが、生後半年くらいすると、たくさん与えても適量以上は食べなくなった。今まで飼ってきた洋犬は、餌皿に入れただけ全部食べてしまう犬が多く、その結果、おなかを壊したり、酷いときは食べ過ぎて動けなくなったりもした。ブランは餌を大目に与えて、少しでも大きくしよう、もっと太らせようと言う僕の思惑には従わず、自分が食べたいだけ食べると、餌皿に背を向けて、どこかに行ってしまうか、新聞紙の様なものを咥えて来て、餌皿ごと埋めて隠そうとするのだった。こんな事をする犬を、僕は今まで飼ったことが無かった。

ブランは僕が保護した段階でサイトーさん宅のシロより小さかったが、その差はずっと縮まらず。成犬になった時の体重も15kgに満たないほっそりした牝犬になった。僕は自分の給餌に問題があったのではと悩んだが、ブランを最初に見てくれた獣医師の伯父によると、ブランは未熟児で生まれた可能性がある犬だということだった。

ブランは鼻筋の通った美形顔で、ピンとたった三角耳と差し尾は紀州犬風だったが、目は姉犬のシロのような怖い三角目ではなく、生涯丸い幼犬の様な目をしていた。身びいきになってしまうが、ブランは誰もが「カワイイ」と声をかけ、撫でたくなるような犬に育っていったと思う。

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ブランは姉妹犬のシロに比べると、ほっそりとした体型の犬に育った。高い飛節まで地面に着けて走る軽快な走りはよく似ていた。差し尾は常に立てているのではなく、足下に不安があるところでは、狼の様に下げてしまうのだった。これは紀州犬がより原初的な犬だからだと思われた。 -目次はこちら-

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ブランを保護した当日、僕はブランを連れて風呂に入った。ブランは嫌がりもせず石けんでごしごし洗われ、シャワーで流され、真っ白なコートになった。家内がバスタオルで拭いてやると、初めてリラックスした表情を見せた。

(承前)それからしばらくの間は、仕事で甲府に行くたびに、なにがしかの食べ物を持って紀州犬の母子をたずねる事にした。数日おきに会いに行くと、犬たちは最初に会った時より、ずいぶん近くにきてくれる様になったが、依然として手を触れる距離に近づくことはできなかった。特に母犬は捨てられた事で人間不信になっていたのか、僕が食べ物を投げ与えると、見ていない隙にそっと近づいて食べ物をくわえ、一目散に逃げてしまうのだった。

大柄な方の子犬も同じような傾向があったが、小さい方の子犬は、普段の生活でもろくに餌が取れていないようで、一番近くまで寄ってくる様になった。でも、僕が少しでも手を伸ばしたり、立ち上がったりすると、さっと飛び退いて逃げてしまい、しばらくはそばに寄ろうとしなかった。

一度、なんとか子犬だけでも捕獲できないかと、餌で呼び寄せておいて、脅かさない様にこちらからゆっくり近づいて見た。しかし紀州犬の母子はカモシカの様に急斜面を駆け下りて崖下に逃げてしまい、人間の脚で追って捉まえるのは不可能だと分かった。そんな風に、捨て犬の保護と言うより、野生動物に餌付けを行っている様な状況がしばらく続いた。

たまたま、東京での仕事が立て込んで、まるまる一週間甲府にいけない日々が続いた。僕は山の上の白い犬たちが心配だった。懇意にしていた顧客の技術者が犬好きである事を思い出し、面談の時の雑談で捨てられたらしい紀州犬の母子の話をしてみた。その技術者サイトーさんは、紀州犬の母子の話に興味を持ち、仕事を休んで一緒に保護に行こうと言いだした。彼も狩猟をやる人間で、それまでも何度かハンターが山に捨てた猟犬を保護して飼った事があるということだった。

僕は翌週休暇をとり、サイトーさんをクルマにのせて、紀州犬の母子に会いに行った。サイトーさんは、犬用のビーフジャーキーや乾燥砂肝などとともに首輪やリードまで持ってきてくれた。

紀州犬の母子が群れていた場所に行ったが、姿が見えなかった。サイトーさんに相談すると、少し痕跡を捜そうと言って、泥がたまった側溝やブドウ畑の土が露出した斜面を四つんばいになって這い回り、地面に顔を近づけて調べ始めた。僕は祖父の代からの鳥撃ちだったので、こういう方法さえ知らなかった。サイトーさんは猪猟もやると言うことで、紀州犬の捕獲にはうってつけの人物だと思われた。

「大丈夫、まだ近くにいますよ」

と言うサイトーさんの指さす先には、柔らかい土の上に親子が一列になって歩いた真新しい足跡が残っていた。

「いつも何時頃に給餌に来ていました?」

と質問され、そういえばいつも仕事帰りに寄っていたので、夕方だった事を思い出した。念のため崖下に置いたドッグフードの袋を見に行くと、舐めた様に空っぽになっていた。

「たぶん、犬たちにとって、あなたは夕食係だったのでしょう。夕方になれば姿を現しますよ」

そういうサイトーさんと二人、クルマにのって、いつも犬達に会っていた辺りを眺めながら待つことにした。

「来ましたよ、やっぱり紀州犬だ」

双眼鏡を覗きながら言うサイトーさんの声を聞いた時、僕はうたた寝していた。

二人でクルマを降りると、母犬は例によって逃げてしまったが、嬉しい事に2匹の子犬は駆け寄って来てくれ、僕に飛びつき、顎から口元を舐めまくった。餌をくれと言う子犬のサインの様だった。彼女たちがこんな親密な様子を見せたのは初めてだった。なぜだろう?

「かなり餓えていますね。まず餌を与えて落ち着かせましょう」

と言うサイトーさんと一緒に、持参したビーフジャーキーやドッグフードを与えてみた。小さい方の子犬は、地面に座り込んだ僕の膝によじ登って、むさぼるように僕の手から食べ物を食べてくれた。母犬にも餌を投げ与えたが、例によって数回餌を食べると、あとは尻尾を巻いてどこかに走り去ってしまった。

 

「あれは簡単に掴まらないな、仕方ない、今日はこの2匹を連れて帰りましょう」

サイトーさんは大柄な牝の子犬を、僕は小柄な方を抱きあげると、そのままクルマに乗り込みドアを閉めた。子犬たちは驚いた様に窓に手をかけ、外を見て少しの間周りを見回したが、一声も啼きはしなかった。しばらく待ったが母犬はとうとう姿を見せなかった。

サイトーさんは、チーズが練り込まれたパンを取り出すと、

「こうやって与えてください」

と言いながら、パンを口に含み、数回咬んでは膝に抱いた白い子犬に与え始めた。驚いた事に、子犬はクンクン鼻声を出し、サイトーさんにパンをねだり始めた。僕もまねをして、小さい牝の子犬にパンを少しずつ与えてみた。やがて子犬たちは満腹したのか僕とサイトーさんの膝の上でうつらうつら居眠りをはじめた。その背中をなでてみると、あばらだけでなく背骨まで一つずつ数えられそうな痩せ方たった。僕は自分の犬にするつもりで捕獲した小さな白い牝犬を膝に乗せたままクルマを走らせ、サイトーさんを家まで送ると、そのまま自宅に帰っていった。

その間、白い小さな子犬は、僕の膝の上で丸くなって寝ていて、家に帰りつくまでずっと眠り続けていた。その小さな温かい身体が急に愛おしく思えてきた。

「かわいそうに、よほど疲れていたんだな」

僕は白い小さな子犬の背をなでながら、どうやったら母犬を連れて帰れるだろう、次はいつ休めるだろうと、そんな事ばかり考えていた。

子犬にはサイトーさんにもらった赤い首輪を付け、リードを付けてみたが、全く歩こうとしないので、抱き上げたまま家のインターフォンをならした。出迎えた家内に子犬を見せると、彼女も大喜びだった。

「カワイイ真っ白な犬ね、名前はブランでどうかしら?」

「ブラン?オオカミ王ロボのブランカ?」と聞くと、

「いいえ、フランス語の白という意味よ」と言う答えが返ってきた。

「・・・ブランね」

僕は紀州犬にフランス語の名前はそぐわない様な気もしたが、シロではありきたりだし、まあいいかと考えてブランと名付けた子犬をお風呂に連れて行った。彼女は特に嫌がりもせず石けんでごしごし洗われ、シャワーで流されたが、それなりに緊張していたのだろう。家内がバスタオルで拭いてやると、初めてリラックスした表情を見せた。

こうしてブランは家の犬になった。

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ブランの姉妹犬はシロと名付けられブランより二回り大きく、顔つきも精悍でがっちりした体格の犬に育った。写真はサイトーさんに連れられて、能勢にイノシシを狩りに行った時の宿の庭で撮ったもの。この時も畑を荒らす大猪を見事に啼き止めてサイトーさんが仕留めるチャンスを作った。シロもブランと一緒に捨てられていた紀州犬だが、有能なハンターの下で優れた猪猟犬に成長した。犬はやはり飼い主次第だと思う。 -目次はこちら-

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保護された1990年の年末に撮ったブランの写真を古い写真風にしてみた。こんな可愛い犬を捨てる人間がいるなんて、今でも信じられないが、彼女が捨てられて山の中を彷徨っていたのは現実にあったことなのだ。

今回からしばらく、以前我が家で飼われていた、ブランと言う紀州犬のお話をしたいと思います。ブランは僕が初めて飼った日本犬で、甲府の山の中に捨てられていたのを、1ヶ月以上かけて馴致して保護した犬です。人間に強く依存している洋犬では考えられない事だと思いますが、ブランの例は、プリミティブドッグである日本犬が捨てられると野犬化しやすいこと、ブランの様に一旦野犬化しかけた日本犬は、馴致を経なければ保護すらできないと言う事を示すひとつの例だと思います。

僕がブランに初めて出会ったのは、もう20年以上前の晩夏のころ、甲府盆地を見下ろす敷島と言う里山の林道だった。当時僕は勤め先でマーケティングの仕事に就いており、山梨には顧客が複数あったので、打ち合わせのために毎日の様に車で通っていた。顧客の工場は大半が地代の安い山の中にあり、近くにはコンビニはあるが食堂がなかったので、僕は弁当を買って、山の上に車を走らせ、緑の中で優雅に昼食や夕食を摂ることにしていた。

ある日の事、仕事を終え、車の中でヒグラシの声を聞きながら夕食を食べていると、子犬を2匹連れた真っ白な中型犬が林道をこちらに歩いてくるのが見えた。尖ったマズルとピンと立った耳、粗いコート、その姿は一瞬白い狼のように見えた。最初は近くの農家の放し飼い犬かと思ったが、どの犬も首輪をしていなかった。当時の甲府盆地は野良犬がかなり見られたが、こんな山の中にいるのは見た事がなかった。しかも、母子とも真っ白でとても野良犬には見えなかった。もしかして捨て犬か?そう思った僕は、夕食を中断して車の外に出てみた。

子犬を連れていたのは母犬だった。まだ授乳しているのか、乳首の大きくなった乳房が腹から垂れていた。子犬たちは母犬の後ろに隠れる様に集まった。母犬は警戒する様にこちらを見ていたが、僕がその場にしゃがむと、子犬を引き連れて20mくらいの距離まで近づいてきた。それで犬の様子がもう少し見えるようになった。母犬はあばら骨が浮き上がり、乳房を除くとガリガリに痩せていた。子犬は生後3ヶ月前くらいに見えた。

子犬の1匹はつり目で太い四肢でしっかり歩き、もう1匹は小柄で垂れ目気味で、ちょこちょこ歩いていた。僕は手にもっていたおにぎりを割ると、路上に並べてオイデと呼んで見た。子犬たちは食べ物に釣られて駆けだしてきそうになったが、母犬が振り返って牙を見せて叱ると、また後ろに下がってしまった。僕はおにぎりを路上に置いたまま、後ずさりして車の中に戻り様子を見る事にした。僕の姿が見えなくなると、3匹は走って来ておにぎりにかぶりついた。でも一番小さい子犬は姉犬に自分の分のおにぎりを取られてしまい、なにも口に出来ずに地面を舐めることしかできなかった。もっと何か与えたかったが、もう手持ちの食料はない。僕は車をバックさせると、犬を驚かさない様にゆっくり山を下り、コンビニで犬に与えられそうなものを買い集め、さっきの場所に戻った。

犬達の姿は見えなかったが、道路上に腰を下ろして待っていると、側溝の中から子犬たちが頭を覗かせた。僕はチーズの入ったパンをちぎって投げてやった。白犬たちは一斉にパンに駆け寄り、夢中で食べ始めた。かなり餓えているようだった。手持ちの食料を全部犬たちに与えたが、子犬も母犬も僕の手の届くところには近づいて来なかった。日が暮れて来て、それ以上何かするのは無理に思えたので、僕は買ってきたドッグフードの袋をあけ、雨が降っても濡れにくい崖下に置いて帰る事にした。

その当時、僕は結婚したばかりで、実家を出て家内と二人で暮らし始めていた。犬が1匹実家に飼われていたが、それは父の犬だった。僕は自分の家にも犬を飼いたいと思っていたが、それまでずっと捨て犬や米軍の置き去り犬を引き取って飼ってきたので、犬屋で犬を買ってくると言う発想が浮かばなかったのだ。

僕は中央高速の途中から家内に電話をかけた。

「甲府の山の中で白い綺麗な犬を見つけた。捨て犬らしいので、捕まえられたら飼ってもいいか?」

「いいけど、そんな野犬みたいな犬を家で飼えるの?」

「大丈夫だと思う。カワイイ白犬だから、気に入ると思うよ」

そんな会話を交わしたと思う。

 

翌日から、顧客通いもそこそこに、白い犬の捕獲作戦を開始した。最初にやったのは、本当に捨て犬なのかの情報収集だった。いつも食事を買っているコンビニのおばちゃんに

「この上の山で白い子連れの犬を見たが、誰かの飼い犬だろうか?」

とたずねると、そのおばちゃんは、

「この辺には、猪や鹿撃ちをやる農家が多いから」

と前置きした上で、とんでもない男がひとりいると言う話を聞かせてくれた。

「その男は、素性のそれほど良くない牝犬を貰ってきて、自分の牡犬をかけて、子犬が生まれると牡を残してみんな山に捨ててしまうの」

と教えてくれた。よそ者の僕にそこまで教えて暮れた背景には、そう言う非道を繰り返す男への反発があったのだろう。

「なんでそんな酷い事をするんだろう?」

と聞くと

「母犬から早くに分けた牡犬は、凶暴な犬に育つから、猪狩りにちょうど良いんだと」

と教えてくれた。しかも、その男は、そうして母と娘の犬を捨てる事を「山に帰す」と称して、なんども繰り返していると言うのだ。同じような話を、やはり甲府に住んでいた知り合いの採り子からも聞くことができた。

ひどい話だが、それなら僕が捨てられた犬を引き取っても、どこからも文句は出ないだろうと思われた。

僕は仕事で甲府盆地にいくたびに、犬に与えられるような食べ物を持っていき、里山の風景の中で、白い犬たちを捜した。時には何時間も犬が現れるのを待ち、運良く白犬たちと出会えれば、餌を与えては帰ると言う事を1ヶ月近く繰り返した。犬たちは、僕が餌を与えてくれる相手だと認識はしてくれたようだが、近づいてくるのはせいぜい10mくらいまでだった。その様子はまるで野生の生き物に餌付けしているような感じだった。

僕は祖父と狩猟に行った先で、なんどかポインターやセッターのはぐれ犬を保護した経験があった。遺棄された猟犬たちの大半は、腕の悪いハンターが、猟果が振るわないのを犬のせいにして、猟場に置き去りにした犬たちで、持ち主が分かっても引き取りにさえ来ないことがほとんどだった。洋犬の猟犬は、こちらが犬に敵対する態度をとらなければ、犬の方から耳を寝かし、尻尾を低く振り、僕たちにすり寄るようにしてくるのが常だった。その姿は「私は何も悪い事はしていません。どうか連れて行ってください」と哀願しているように見えた。そう言う犬たちは、山中からクルマのところまで自主的に付いてきて、テールゲートを開ければ、自分でクルマに乗り込むことさえした。

甲府の山の中で見た白犬の態度は全く違っていた。彼らは僕の給餌は受け入れてくれたが、向こうから一定以上近くに寄ることも、呼ばれてくる事もなく、僕が立ち上がったり、少しでも近づこうとしたりすれば、せっかく与えた餌を放り出して、一目散に逃げてしまうのだった。その逃げ足は洋犬では見たこともないほど、速く軽やかだった。

この白い犬たちは、今まで飼ってきた洋犬たちとは全く違う、と僕は感じた。

そこで泥縄だが、犬の種類も調べてみる事にした。僕は実家でずっと洋犬を飼ってきたので、そもそも日本犬にどんな種類がいて、どんな性格かよく分かっていなかったからだ。獣医師を開業していた叔父に電話して、白い犬の特徴を言って、どんな犬種だと思うか聞いてみた。

「真っ白なコートに、尖った長いマズルとピンと立った三角耳、つり上がった三角の眼、ふっくらした頬、犬歯が大きい、尻尾は差し尾、肩高50cm、体重15kgくらい」

と電話口で犬の様子を説明すると、叔父はああ、とうなずいた様だった。

「そりゃ紀州犬みたいだな、でも甲府なら、甲斐犬のほうが多いとおもうが」

紀州犬、そういえばそういう犬種があった、と思い出し、実家にあった犬の図鑑で見てみた。山で見たのとそっくりな白い犬の写真が載っていた。日本オオカミの血を引くと言う説や、弘法大師空海の護衛をした犬が祖先だとか、伝説の様な記述が色々あるなかで、猪や鹿の猟に使う獣猟犬であること、勇猛で高い攻撃能力を持つが、飼い主には忠実で穏和な犬であるため、家庭犬にも向くと言う記述があった。

これなら家でも飼えるかもしれない、とは思ったものの、どうやって捕まえれば良いかまでは思いつかなかった。

彼らは何世紀もの間、日本の猟師とともに、急峻な山野を駆けめぐり、時には自力で獲物を倒すことさえやってきた犬たちだと言う。馴致に成功しなければ、僕は白犬たちを捕まえる事はおろか、さわる事さえ困難だとおもわれたのだった。

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ブランを飼い始めてからしばらくして、彼女を保護した辺りに連れていった事がある。ブランは何か覚えているのか、あちこち匂いを嗅いで回ったが、僕と家内を目視できる範囲から離れようとはしなかった。秋めいた山野の風景の中で真っ白なブランは良く目立った。「ブラン」と呼ぶと、彼女は周りを見回すのをやめ、一目散に僕たちの元へ帰って来た。-目次はこちら- 

保護犬スナッピー一世4

                           

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(承前)ようやくスナッピー一世のお婿さん候補が見つかった。見つかってみると灯台もと暗しとしか言いようがなかった。それはルディと言う名の牡犬で、スナッピー一世と同じように立川の米軍基地で置き去りになり、日本人の家族に引き取られた犬だったからだ。

僕はスナッピー一世を鞄に入れ、祖父と一緒に東横線と南武線を乗り継いで、ルディが飼われていた立川の家を訊ねた。電車の中でスナッピー一世は僕が買ってすぐ使わなくなったマディソンスクエアガーデンと英語で印刷されたダークブルーのバックに入り、ジッパーの隙間から顔だけだして車窓に流れる風景を眺めていた。近くに居合わせた子供や若いお母さんが

「おとなしいワンちゃんですね」

と頭を撫でにきた。でもスナッピー一世は誰が来てもじっと撫でられるだけで、その視線は外を見ていなければ、常に祖父の方を向いているようだった。

この訪問の目的はスナッピー一世とルディのお見合いだった。スナッピー一世はまだ発情期ではなかったので、とりあえず犬同士の相性を見ておこうと言う事になったのだ。

ルディの家は元米軍軍属の家族用だったという、雑木林の中に建つ白いペンキで塗られたテラスハウスのような洒落た家だった。僕はウッドデッキの上から僕らを吠えて出迎えたルディを見て驚いてしまった。なんというか、彼はとても大きな犬に見えたのだ。

スナッピー一世はスタンダードダックスとしては標準的な大きさで、体重も1012kgくらいを行ったり来たりしていたが、ルディは常に15kg以上あるといい、ブラックアンドタンの体色と相まって、妙に大きな犬に見えた。当時、家には断耳されていないドーベルマン・ピンシャーの預かり犬が一匹いたが、その犬の長い足を切り詰めたら、ちょうどルディくらいの犬になるのではないかと妙な想像をしてしまった。それほど彼は大きなダックスフントだった。

スナッピー一世は他人の家である事をちゃんと分かっている様子で、じぶんからえっちらおっちらウッドデッキをよじ登ると、ルディに礼儀正しく挨拶しにいった。短い前脚を投げ出し、下から鼻面を伸ばしてルディのマズルを舐めようとした。ルディはもっと直截的だった。一瞬鼻面を突き合わせたかと思うと、スナッピー一世の後ろに回り、お尻の匂いを嗅ぎ、いきなりマウントしようとしたのだ。スナッピー一世は素早く逃げ出し、おなかを見せて降参の仕草をみせた。ルディはその状態のスナッピー一世にもマウントしようとした。飼い主さんの話によると、ルディはひっきりなしに交配の依頼がくるので、すっかり種犬として振る舞う習慣がついてしまったということだった。

家でいつも礼儀正しく振る舞っているスナッピー一世に比べると、ルディはかなり癇癪持ちの様に見えた。僕らが居間で話し合っている間も、前の道に人が通りかかるたびに、盛んに吠えて威嚇していた。スナッピー一世はその隣にならんで立ち、だまって通りかかる人々に尻尾を振っていた。

雌雄差なのか、二匹の振る舞いは対照的だったが、胴長で短足の二匹が並んでウッドデッキに立っている姿は、長年連れ添った夫婦者みたいにも見えた。祖父はそれを満足そうに眺めていた。

そんな風にルディはかなり乱暴な犬に見えたが、二匹の相性は悪くなさそうだった。祖父はルディの飼い主さんと話合い、子犬が二匹以上生まれたら、その中から好きな子犬を選ぶ権利を相手に与える事で、無償で交配をさせる約束を取り付けた。一匹しか生まれなかったら、別途交配料を払おうか?と祖父が訊ねると、ルディの飼い主さんは「金が欲しくてやってるわけではないから」とそれを断った。彼女もダックスフントが気にっていて、日本に増やしたいと思っているようだった。

数ヵ月後、スナッピー一世にヒートが来た。祖父は出血から12日目にスナッピー一世をルディの家に連れて行った。犬の交配は通常牡犬がいる家や犬舎で行うのが普通だからだ。ちなみに僕は学校があり、交配には立ち会う事が出来なかった。

祖父は今までなんどか犬の繁殖をした事があると言う話だったが、僕の方は全く経験が無かった。そもそも僕は飼育放棄された成犬からしか犬を飼ったことが無かったので、僕は子犬から犬を飼ったことさえなかったのだ。

僕はスナッピー一世が彼女に似た可愛い子犬を産むのを心待ちにするようになった。彼女の子犬が短い足と小さい身体で、ちょこちょこ歩きまわったらどんなに可愛いだろう。

祖父は交配後もスナッピー一世を普段通り庭ですごさせていた。一カ月くらいしてスナッピー一世の食欲が無くなってきた。彼女は庭にある笹の葉を食べては胃液とともにゲーゲー吐く事を繰り返した。僕はなにか悪い病気にでもかかったのではないかと心配したが、祖父はこう言う事は良くあるから、ちゃんと見ておけ、というだけだった。今考えると、あれは悪阻だったのかも知れない。

交配から一カ月くらい経った頃だったと思う。祖父はスナッピー一世を縁側に上げて。立たせたままおなかをそっと揉む様にして触診した。

「ここだ、そっと触ってみろ」

そう言われて、同じようにして触ると、ウズラの茹で卵くらいの大きさと弾力のあるものが、スナッピーのおなかの中に複数感じられた。形は当時はやっていたガチャガチャおもちゃのケースみたいで、それが二列になってアバラの下から乳房の内側まで続いていた。それが犬の胎児だったのだ。

やがてスナッピー一世のおなかはパンパンに膨れ上がって来た。その状態では短い足で庭石を越えるたびにおなかを摺ってしまう。祖父は彼女を庭から上げ、かつて応接室として使っていた洋間に寝床を作って出産まで室内で暮らさせるようにした。スナッピー一世は家の中を嗅ぎまわり、あちこちで家人にかまってもらい。庭にいたときより満足そうにしていた。

でも彼女は用意した室内トイレを使おうとしなかった。トイレに行きたくなると、スナッピー一世は自分で応接室の扉を前脚で押し開け、縁側の引き戸を鼻面で引き開け、靴脱ぎを降りて庭で用を足して戻ってきた。もちろん自分で足を拭く習慣などなかったので、泥のついたスナッピー一世の足跡を掃除する仕事が僕の日課に加わった。

交配から二カ月後の満月の夜だった。スナッピー一世は寝床から起き出し、クンクン鼻声を上げて激しく応接間の床をひっかき始めた。僕は祖父に言われ、用意しておいた産箱にスナッピー一世を移した。スナッピー一世は引き裂いた新聞紙が敷き詰められた産箱の中をグルグル歩きまわり、新聞紙を咥えてはもっと細く咬み裂くと、やがて諦めたような様子を見せて横倒しになった。

実際の出産は驚くほど軽かった。スナッピー一世は荒い息を吐きながら、産箱の中に立ち上がり、ウンチをするような格好でいきみ始めた。僕はあんなところで排便したら産箱が汚れてしまうと心配したが、アオンと言う声が聞こえたと思うと、もう一匹目の子犬が産まれていた。祖父は子犬を素早く取り上げ、スナッピー一世の鼻面の近くに横たえた。子犬は臍の緒で胎盤に繋がり、まだ薄い羊膜につつまれていた。スナッピー一世は前歯で羊膜を咬み裂き、胎盤ごとを吸い込むように食べてしまうと、臍の緒も器用に前歯で咬み切った。

それからスナッピー一世は子犬の全身を熱心に舐め始めた。子犬はやがてキーキーネズミみたいな声で啼き始めた。それからは、次々と子犬が産まれてきて、スナッピー一世も大忙しになった。途中からは羊膜を咬み裂くのさえ間に合わなくなってきて、全部の処置をスナッピー一世に任せるのは無理な様に思われた。

祖父と僕は次々と生まれる子犬たちから、ヌルヌルする羊膜を指と爪で引き裂いて取り去り、臍の緒を絹糸で縛ってハサミで切り取り、子犬をぬるま湯で湿らせたタオルで拭いていった。一匹の子犬は臍の緒を切っても啼き声を上げなかった。祖父は子犬の口に自分の口を付け、子犬の口中に溜まった羊水を吸い出し始めた。数回羊水を吸い出してやると、その子犬もやっとキイキイ小さな声で啼き始めた。

スナッピー一世はブヨブヨした胎盤をもっと食べたがったが、祖父は3つだけ食べさせると、あとはゴミ箱に捨ててしまった。あまりたくさん胎盤を食べると、後で吐き戻す事があるということだった。子犬は全部で7匹生まれたが、僕が期待したほど可愛い外観ではなかった。まるで目の見えないのっぺりしたネズミみたいに見える子犬たちはキイキイ言いながら、産箱の中を這いまわり、やがてスナッピー一世がお産を終えて横たわると、順番に乳房に吸い付いて母乳を吸い始めた。

僕の手は血と粘液にまみれてごわごわになってしまったが、スナッピー一世が一仕事やり終えたような満足気な様子で横たわり、赤ん坊犬たちが産箱の中でおっぱいを飲んで満腹になり、ムギュムギュ言い始めると、自分の手の不快感など、どうでも良くなってしまった。なんというか、まだ目の見えないネズミみたいなスナッピー一世の赤ん坊たちが急に愛おしく思えてきたのだ。

祖父にもういいから、手を洗って早く寝ろと言われたが、僕は明け方近くまで犬たちの様子を眺めていて、翌朝は学校に遅刻してしまった。(つづく)-目次はこちら- 

保護犬スナッピー一世3

                           

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(承前)優れた家庭犬兼番犬だったスナッピー一世にも、いくつか困った点があった。
一つめは、時々縁側に上がって祖父や家人になついている最中におしっこを漏らす事だった。スナッピー一世はでっかいホットドッグみたいな格好で縁側にあおむけに横たわり、家人におなかを撫でてもらうのが大好きだった。だがその最中に感きわまっておしっこを漏らしてしまうのだ。そうすると家人は大騒ぎしてスナッピー一世を庭に追い出し、雑巾を持ってきて、ゴザと板敷にスナッピー一世が漏らした小便の後始末をするのだった。この癖は彼女がお産して母になるまでずっと治らなかった。

もうひとつ困ったのは、彼女のアナグマ狩り猟犬の血がそうさせるのか、小動物に対する猟欲が異常に強いという点だった。

他の大型犬たちは、一日ニ回の散歩と、広場でのボール取りや捜索や侍来の訓練、さらに月一回くらいのペースで襲撃訓練をやらせておけば、普段は一日の大半を寝て過ごす、もの静かを通り越して、ぐうたらな犬ばかりだった。

スナッピー一世は違っていた。彼女は庭に面した車道を通り過ぎる人や犬に常に注意をはらい、彼女が自分の縄張りと考えていた庭に入ってくる人はもちろん、玄関や勝手口にやってくる来客にも、常に目を光らせ、耳を澄まし、鼻を効かせていた。

家人が来客に少しでも迷惑そうな応対をすれば、スナッピー一世は朗々と遠吠えを始める。そうして他の犬たちを呼び集め、一致団結して迷惑な来客を追い出しにかかるのだった。

普段は吠えない大型犬たちも、スナッピー一世の警戒吠えには唱和した。しかし、たまたま家の前を通った人が庭の躑躅でも覗き込んでこれを食らったら大いに迷惑だったろう。なにしろ実家には、多い時には5匹以上の大型犬がいて、スナッピー一世の音頭に合わせて、一斉に吠えまくったのだのだから。

なにより困ったのは、スナッピー一世がしばしば行うセルフハンティングだった。彼女は大雨が降ると生垣の隙間から自主的に狩りに出かけた。当時はまだ下水が完備されていなかったためか、大雨のたびに、あちこちで側溝が溢れた。スナッピー一世はそう言う小さな洪水を丹念に見て回り、逃げ出したドブネズミを狩っていたのだ。

大雨の翌朝、庭に面した雨戸を開けると、毎回靴脱ぎに大人の頭ほどもあるでかいドブネズミが並べてあった。その後ろの飛び石にはニコニコと得意げな表情のスナッピー一世が、祖父に褒めてもらおうと行儀よく座って待っていた。祖父がスナッピーの猟果を認めてなでてやり、ドブネズミの遺骸を始末する前に祖母がそれを見てしまい、縁側で腰を抜かして立てなくなった事も一度や二度ではなかった。

貴族的な外観ではあったが、スナッピー一世は有能なラットキラーでもあったのだ。

ネコの繁殖シーズンには、発情した牝猫の取り合いで興奮した牡猫が我を忘れて庭に侵入してくる事が何度かあった。他の犬たちは庭に入りこんだ野良猫を見つけても、包囲して回りで吠えたてるだけだったが、スナッピー一世は独り犬たちの包囲から飛び出して、いつも真っ先に猫に咬みついた。そして毎回野良猫との凄まじい格闘戦を演じ、常に相手を仕留めてしまった。何より一度咬みついたら相手が動かなくなるまで、誰が何をしても彼女から獲物を放させる事はできなかった。

獲物を捕えた時のスナッピー一世は、普段見せている愛想の良い家庭犬の仮面を脱ぎ捨て、獰猛な獣猟犬そのものに見えたものだった。

そう言えば、家の歴代の犬たちの中で、夜な夜な庭に現れてクロオオアリを食べる大きなヒキガエルに、最初に咬みついたのもスナッピー一世だった。咬みつかれたヒキガエルは、防衛のために通称ガマの油、猛毒のプフォトキシンを含む毒液を吹き出した。縁側でそれを見ていた僕からも、ガマの背中に白い毒液が点々と吹き出すのが見えた。

あっと思ってスナッピー一世を止めようと、裸足で庭に駆け下りた時はもう遅かった。スナッピー一世は、ガマを放し口から白い泡を吹き、転げ回って苦しんだ。幸い祖父が井戸水で何度も口を洗ってやったところ、彼女の症状は翌朝にはケロリと治ってしまった。

その後、家の犬たちに、スナッピー一世からヒキガエルだけは手を出してはいけないと言う厳重な申し送りがあったようだ。スナッピー一世の子供も孫も、後から家に来た犬たちもヒキガエルを攻撃した犬は実家には一匹もいなかった。スナッピー一世の薫陶を受けた犬たちはヒキガエルを見ても、まるでそこには何もいないかの様に振る舞うのが常だった。例外は紀州犬ブランが死んだあと、誰も申し送りをする犬がいなくなってから飼ったジャックラッセルテリアのマイロだけだった様に思う。-目次はこちら-

(つづく)

保護犬スナッピー一世2

                           

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(承前)残念ながら、家の近所には、スタンダードダックスフントは一匹も飼われていなかったので、祖父が探していたスナッピー一世の御婿さんはなかなか見つからなかった。祖父は「愛犬の友」にダックスフントの交配相手募集の広告をだしたが、そちらの方もめぼしい反応はなかった。そのくらい当時のダックスフントというのは珍しい犬だったのだと思う。 

いずれにしてもスナッピー一世は、近所でも評判の良い犬になって行った。それは当時まだ珍しかったダックスフントと言う胴長短足のユーモラスな姿と、スナッピー一世の礼儀正しい態度によるものだった。

スナッピー一世は、傷痍軍人で脚が不自由な祖父を気遣い、杖をついてゆっくり歩く祖父に歩調を合わせて歩くのがうまかったし、祖父が疲れて休む時や用足しをする時は、自主的に黙って座って待つこともできた。

やがて彼女は、徐々に日本語で話すよその人たちにも慣れ始めた。家人だけでなく、よその人にもフレンドリーに尻尾を振り、祖父や僕の前なら彼女が知らない人でも、おとなしく撫でさせるような犬になっていった。

ただし彼女が気を許すのは、祖父と家人が親しげに振る舞う相手に限られていた。

スナッピー一世が家に来てから、他の保護犬たちも何度か入れ替わったが、大半は相変わらずごつくて無愛想な大型犬ばかりだった。米軍基地で置き去りにされた軍用犬訓練の入ったジャーマン・シェパードやボクサー、ドーベルマンと言った犬たちは、むやみに通行人に吠えかかりこそしなかったものの、なにかのきっかけで火がついたように吠える事があった。そのせいで、犬が嫌いな人は、遠回りになっても絶対家の前を通らなかったし、自分の犬を連れて散歩で通る飼い主さえ、家の前の道は反対側の端を急ぎ足で通るようなありさまだった。

軍用犬出身の犬はそう言う通行人を、生垣や塀の隙間から無言で見守った。でもその御蔭で、当時は当たり前のようにあった押し売りも怪しげな宗教勧誘も我が家には無縁だった。

祖父は宗教勧誘や何かの売り込みが玄関にくると、塀越しに相手にこう呼びかけた。

「年寄りで脚が悪いので、すまないが木戸を開けて縁側に回ってくれんか。そこで話を聞くから」

これを聞いた押し売りなどは、しめたと思った事だろう。

ちなみに僕の実家は、祖父が建てた昭和初期の数寄屋造りに商談用の応接間を継ぎ足したような造りで東京大空襲にも焼けなかった古い家だった。その外観は「となりのトトロ」に出て来た「さつきとメイの家」を想像してもらえばだいたいあっていると思う。違うのは風呂が五右衛門風呂だったことと、応接室が一階だったことくらいだった。

実家の縁側にはガラスの引き戸と雨戸があり、玄関も内鍵だけだったので、現実問題として、外から施錠して出かける事が事実上できない家だった。つまり我が家の防犯は、一重に屋内外を闊歩していた犬たちによって守られていたわけだ。

祖父が普段座っている茶の間と縁側の前には五月躑躅のある築山があり、庭には御影石の飛び石があった。その庭にはスナッピー一世とともに、複数の大型犬が放し飼いになっていた。

スナッピー一世が来る前は、宗教勧誘の人等が木戸を開けて庭に入ってくると、チャッチャッチャと言う三拍子のような爪音を立てて飛び石を渡ってくる庭担当の大型犬に出迎えられる事になった。犬は家人の命令が無ければ、ごつい顔で黙って来客を見つめるだけだったが、たいていの人はそこでビビってしまい「また来ます...」と言って帰ってしまうのだった。

祖父は良く「犬は人間の正邪を見分けるから、邪な気持ちを持った人間は犬たちを超えて入って来られない。犬を超えて入って来た人間なら話を聞くに足る」と言っていた。
ちなみに家にくる宗教関係者で犬を超えてきたのは、祖母の義兄の日蓮宗のお上人だけだった。ただしその人は犬たちから見れば身内も同然の人だったので、彼の宗教観が犬たちに認められていたかどうかまでは僕には分からない。

いずれにしても、大型犬たちは、襲撃訓練が入っていたので、祖父か僕の命令がなければ、よその人や犬にむやみに襲いかかる心配はなかった。意外に思われるかも知れないが、危険な犬というのはろくに訓練が入っていない、甘やかされて飼われてきた犬、欲求不満で社会性の無い犬なのだ。人間と犬に社会化され、群れで暮らす事に慣れ、きちんと襲撃訓練の入った犬は、命令がない限り、滅多な事では他人や他の犬を襲ったりはしないものなのだ。

しかしスナッピー一世はもっと徹底していた。彼女は、祖父を始めとする家人が歓迎しない人間が庭に入ってくると、とたんに遠吠えを始めて他の犬を呼び寄せたのだ。

短い足で器用に飛び石の上で、木馬か何かの様に跳ねながら吠えるスナッピー一世の遠吠えは、意外なほど良く通り、庭やガレージ、裏庭など、家のあちこちで昼寝をしていた大型犬たちが、三々五々集まってきた。

小さなスナッピー一世が自分の数倍は背の高い大型犬を呼び寄せる様子は、なんだか喜劇じみていて、毎回家人の失笑を呼んだが、よからぬ思惑をもった客にとっては、前後左右から大型犬に詰められるのだから冷や汗ものだったろう。

スナッピー一世はそんな風に、祖父の気分の代弁者でもあり、有能な番犬でもあったのだ。
(つづく)-目次はこちら-

保護犬スナッピー一世1

                           

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スナッピー一世というのは、紀州犬ブランと一緒に僕が飼っていたラブラドル犬ではない。僕が小学校のころ祖父が飼い始めた我が家にとって初めてのダックスフントだ。それまで家ではジャーマン・シェパード、ボクサー、ドーベルマン・ピンシャーなどの大型犬ばかりが飼われていた。祖父が米軍基地で置き去りになった犬を引き取っては飼ったり、里親を捜したりしていたからだ。僕はそんな家で、生まれる前から大きな犬がいつも複数群れているような環境で育った。

僕が幼い頃は朝鮮戦争の影響か、在日米軍の軍属たちは大きな犬に軍用犬の訓練を入れて飼っていた。祖父によると、第二次世界大戦当時の米軍の軍用犬は、その多くが一般からの徴用犬だった。朝鮮戦争の後もその傾向は続いた。勢い帰国する米軍の軍属が日本に置き去りにする犬たちも大型犬ばかりだったわけだ。そんな中で、祖父が立川の米軍基地から連れ帰ったのがスナッピー一世と言うダックスフントだった。

ある意味ダックスフントの様な軍用犬に向かない犬が米軍基地の軍属に飼われるようになったのは、世の中が平和になった証だったのかも知れない。

そうは言っても当時のダックスフントは、スタンダードダックスという脚がすこし短いだけの中型犬くらいのサイズの犬だった。スナッピー一世は針のような固く短いコートに、四つ目と呼ばれる天井眉と長い垂れ耳を持った貴族じみた顔つきの犬だった。

彼女は立川ベースで戦闘機パイロットの少尉に飼われていた二歳の牝犬だったが、少尉の帰国の際に連れて帰る事ができず、立川で開業していた獣医の叔父に預けられた。当時、在日米軍は軍曹以上に戸建ての家が与えられたが、本国に帰れば少尉でも集合官舎暮らしだった。当然本国に犬を連れて帰ることは出来ない。少尉は泣く泣くスナッピー一世を叔父に預けて帰国していったという。

叔父の家にいたスナッピー一世は、なぜか狭い金属製のケージに閉じ込めてられていた。彼女は室内で自由にさせておくと、穴掘りの得意なダックスフントらしく、どんなに狭い隙間からでも叔父の家を脱走し、空軍少尉の家があった立川のベースキャンプに戻ろうとしたからだ。

祖父はそんなスナッピー一世の懐柔を始めた。毎日のように東横線と南部線を乗り継いで立川の叔父の家に通い、手ずから煮干しを与え、優しく声をかけ、根気良くなで続けた。スナッピー一世は英語のコマンドしか反応しなかったので、祖父は片言の英語でスナッピー一世に様々なコマンドを与え、スナッピー一世がそれに従うたびに毎回手ずから煮干しを与えて笑顔でグッドガールと褒めた。一週間ほどで、スナッピー一世は祖父の訪問を尻尾を振って迎えるようになったと言う。そして二週間目には一緒に散歩に出ても、きちんと脚側について歩ける様になっていった。

僕の祖父は傷痍軍人で、第二次世界大戦中に負った傷が元で、僕が小学校に上がる頃には跛行せずには歩けなくなっていた。それで祖父は、当時家にいた大型犬たちの散歩を僕に任せる様になったが、やはり不自由な脚でも、自分で散歩に連れて行ける犬が欲しかったのだと思う。短足のダックスフントはその目的にぴったりだったのだ。

祖父はそんなスナッピー一世を、ボストンバックに入れ、南部線と東横線を乗り継いで家に連れ帰った。家についたスナッピー一世は家の庭に放されても、もう逃げだそうとはしなかった。

スナッピー一世は、家に着くとその当時家にいたボクサー犬とジャーマン・シェパードたちと堂々と挨拶を交わした。僕はスナッピー一世があまりに小さく見えたので、大型犬が怪我をさせるのではと不安だった。それで家の中で飼った方が良いと主張したが、祖父の考えは違っていた。ダックスフントはアナグマという凶暴な獲物を狩る獣猟犬だからシェパードやボクサーでも恐れないと言うのだ。

驚くべき事に祖父の考えが正しかった。スナッピー一世はその小さな身体で、庭の五月躑躅の茂みの下を自分の縄張りにして、あちこちに穴を掘り、まるで地下鉄の様に、ドドドドと地響きを立てて庭中を自由に走り回った。大型犬たちは自由に植え込みと庭石の間を行き来できるスナッピー一世に追いつく事さえ出来な無かった。

やがてスナッピー一世は、餌の時間になると他の犬を抑えて最初に餌を食べ、祖父をはじめとする家人が帰宅した時に、一番先に挨拶に来る犬になっていった。

スナッピー一世は、逆らう犬には情け容赦なく咬みついたが、祖父と僕を含めた家人には良くなついた。日本語の声符もだんだんと覚えていき、服従訓練だけでなく、短い前足でお手までするようになった。なにより杖を突いてもゆっくりしか歩けない祖父のとなりを、短い脚できちんと歩調を合わせて散歩するのが得意だった。

僕が通っていた学校の先生が卒業文集に寄せたエッセイに、次のようなユーモラスな文章が残っている。

「僕は学校の便所で小便をする時にヒマをもてあます。大便とちがって小便の時は他にすることが何もないからだ。だが先日は学校の便所の窓から見た光景で愉快な時間を過ごす事ができた。僕が窓から外を眺めて小便をしていると、杖をついた老人が、胴の長い脚の短い犬を連れて通りかかった。老人は僕が見ているとも知らず、学校の塀で用足しを始めた。そうすると犬もしゃがんで一緒に用足しを始めた。もちろん犬の方が先に用足しを終えたが、その犬は老人の用足しが済むまで、おとなしく横に座って待っていた。僕はしつけの良い犬は、主人の小便さえ待つことが出来るものなのだと感心してしまった」

当時ダックスフントはまだブームの前で、日本ではほとんど飼われていなかったので、この老人と犬が、祖父とスナッピー一世であるのは明白だった。

祖父はそんなスナッピー一世をことのほか可愛がった。家にやってくる客の多くも、強面の大型犬たちより、外観だけはおとなしげに見えるダックスフントに興味を示した。祖父はダックスフントこそ、自分の余生を託すのに足る犬だと思ったのだろう。真剣にスナッピー一世のお婿さんを捜し始めた。(つづく)-目次はこちら-

保護犬メアリ

                           

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今回は、僕が子供のころ、家で飼われていたメアリと言う保護犬のお話をします。メアリは「犬は人間を裏切らない、犬との約束を破るのはいつも人間の方だ」と言うことを僕に教えてくれた最初の犬でした。

ボクサー犬のメアリは、米軍の軍属が日本に置き去りにしたのを、僕の祖父が引き取り、余命あと幾ばくもない老犬である事を承知で、父が転勤先で飼っていた犬だった。メアリの場合、歳を食い過ぎて他の引き取り手が見つからなかったと言う事情もあった。

メアリは体重30kg以上ある大型タイプのボクサー犬で、タンのコートに、白いソックスを履いた様な綺麗な犬だったが、顔の周りは白髪だらけだった。メアリは老犬らしく、一日の大半を犬舎のスノコの上でいびきをかいて寝て暮らす様な犬だったが、ただひとつ、自分で決めた役目を毎日果たしていた。それは里親となった家の長男である僕を、毎日幼稚園まで送り迎えすることだった。

なぜメアリが誰も頼まないのに、僕の送迎を買って出るようになったかは良く分からない。それ以前に僕の幼稚園の送り迎えをしていたのは、お手伝いさんの恒子さんだった。母はまだ赤ん坊だった弟に着きっきりだったからだ。ある時父が翌日から出張で朝の犬の散歩ができないというので、母は恒子さんにメアリの散歩を頼んだ。

恒子さんは自分では犬を飼った事が無かったので、最初はごつい皺だらけの顔に大きな目でじっと見つめてくるメアリが怖かった。でもメアリは誰が来ても吠える事もなく、散歩に行くときも、リードを持った人についてのしのし歩き、大小1回ずつ豪快に排泄すると、あとは自分から犬舎に戻ってグウグウ寝ている様な手間のかからない犬だった。それで、恒子さんもだんだん慣れてきて朝晩のご飯を大きなボールに入れて、自分からメアリに与えるようになっていた。

恒子さんも朝は忙しかったので、僕を幼稚園まで送るのと、犬の散歩を一緒に済ませてしまおうと考えた。僕も幼稚園の友達に、自分の家の大きな犬を見せて自慢してやろうと恒子さんの計画に賛成した。

朝、恒子さんは僕と右手をつなぎ、メアリのリードを左手に持って家を出た。太い編み紐の引き綱で繋がれたメアリは、なにひとつ逆らう事なく、恒子さんの左について悠々と歩いた。あまりにおとなしいので、僕が引き綱を持ちたいと言った時も、歩きながら気軽に引き綱を渡してくれたくらいだった。父は翌日も出張中だった。恒子さんが僕を連れて玄関をでると、メアリは自分で引き綱を持ち出して地面に置き、玄関の前に伏せて待っていた。それからというもののメアリは僕と一緒に毎日幼稚園に通うようになった。

メアリは前の飼い主の家にいたとき、何回かお産した牝犬だったようだ。たくさんの子犬を育てた乳房も今は力なく垂れ下がり、白内障気味で視力も落ちていたが、新しく家族になった我が家の人間には良くなついていた。おそらく自分が子犬を育てた経験から、僕が群れの子供である事を見抜き、自主的に世話係を買って出たのだろうと言うのが家族の一致した意見だった。

毎日メアリを伴って幼稚園に通ううちに、母も恒子さんも、僕とメアリが毎朝一緒に幼稚園に行くことに慣れてしまい、恒子さんが家事で忙しい時は、メアリひとりが僕を幼稚園まで送って行くようになった。メアリはリードなど無くても、常に僕をかばうように車道側を歩き、僕の知り合い以外が近づこうとすると、大きな身体を盾にして近づけないようにした。その様子は子犬をかばう母犬みたいだった。

ある時、僕は寝坊してしまい、幼稚園に遅刻しそうになった。母は父に車を出して僕を送るように頼んでくれた。可哀想なメアリはいくら玄関で待っていても誰も現れないので、僕を捜して縁側から家の中に入り込んだところを恒子さんに見つかってしまった。

「メアリ、あがったらあかんよ、桂君はもう幼稚園に行ったよ、遅刻しそうだったから車でいったの」

恒子さんがそういうと、メアリはきびすを返して外に飛び出していった。

おそらく僕の匂いを追って来たのだろう。メアリは老骨にむち打って幼稚園まで息を切らせて走ってきて、そのままひらりと園の塀を跳び越えると、必死になって僕を捜し始めた。

園庭で遊んでいた幼稚園児たちはパニックに陥った。白濁した眼を血走らせ、荒い息を吐く大型犬が、幼稚園児の匂いを片っ端から嗅ぎ始めたからだ。園児達は悲鳴を上げて逃げまどった。その園児達の間を駆け抜け、メアリは必死で僕を捜したが見つからなかった。実は僕はメアリが起こした大騒ぎにどうしたら良いか分からず、卑怯にも教室に隠れていたのだ。警察に通報が行き、メアリは駆けつけた警官に捕獲されてしまった。鑑札から飼い主が割り出され、自宅に連絡が入った。大あわてでやってきた母は警官と園長先生に平謝りに謝り、そのままメアリを連れて帰ろうとした。

僕は、泣きながらそこに駆けつけた。

「僕が悪いんだ、メアリを置いてきた僕が悪いんだ、メアリは一つも悪いことなんか無い!」

大泣きに泣く僕が、メアリの首に抱きつくと、メアリはおとなしく座って涙と鼻水で濡れた僕の顔をべろべろ舐めてくれた。それを見た園長先生は、メアリが危険な犬では無い事を悟り僕に言った。

「わかりましたよ。先生も毎朝この犬が君を送って来ていたのは知っています。もう二度と犬を置いてひとりで登園してはいけませんよ」

その後、メアリは僕を送って、雨の日も風の日も僕が卒園するまで、僕の面倒を見てくれた。それから僕は実家に戻り、小学校に上がり、集団登校で通学する様になった。自分の役目が終わったと感じたのだろう、実家に戻ったメアリは桜の花が散るころ、僕と家族に見守られ、眠る様に静かにその生涯を終えた。

メアリの死は、親しい者の最期を看取った、僕の初めての経験になった。-目次はこちら-

保護犬サクラ

                           

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今回も、里子に出された犬が、里親さんのお宅でどんな風に暮らしていたかというお話をします。

ドーベルマンのサクラは、立川の米陸軍基地が日本に返還された時に、飼い主だった黒人の軍曹が本国に連れて帰る事が出来ず、懇意にしていた祖父を通じて、石原さん(仮名)の家族に引き取られた犬だった。彼女は引き取りの時から逸話に残る様な話題に事欠かない犬だった。

サクラの元の飼い主の軍曹は犬の引き取り場所に、立川駅近くの鮨屋を指定した。祖父と僕が待っていると、軍曹が犬を連れてやってきたが、店の主人が入店を止めた。

「他のお客さんに迷惑だから少し離れたところに繋いで来てくれ」

軍曹はなぜそんな事が必要なのか理解できないという表情で、芝居気たっぷりにいった。

「この犬は私が命じれば絶対に他の客に迷惑はかけないだろう。もしサクラが一声でも上げたら、この店の客の支払いは全て私がもとう」

他の客たちも興味津々で了承したので、主人もそれ以上何も言わなかった。サクラはフセを命じられると、軍曹の足下に押しつぶされた様に横たわった。そしてそのまま、引き取り手の石原さんがやってきて、食事をする間、ピクリとも動かなかった。鮨屋の主人はサクラの行儀の良さに感心して料金は要らないと言った。軍曹はお返しに、他の客の勘定を全部払って店をでた。しかしサクラは命じられた場所から動こうとしなかった。石原さんはあわてて店に戻り、サクラの引き綱を引いたが、サクラは根が生えた様に動かなかった。

「軍曹!この犬はどうやったらついてくるんだ?」

僕たちが軍曹を呼び止めると、彼は芝居気たっぷりに振り返り、何か聞き慣れない声符(声の命令)を発した。サクラは十数mの距離をひと飛びに軍曹の足下にやってきてヒールポジションについた。石原さんはその時になって、自分はこの犬をちゃんと飼いきれるだろうかと不安になったと言う。

軍曹は折りたたんだ紙片を取りだし、石原さんにサクラの引き綱と一緒に渡すと、サクラに待つように命じ、振り返らずに歩き出した。僕たちは軍曹が泣いている様に見えたので、別れの挨拶をするように言ったが、軍曹は手を振っただけで、駐めてあったジープに乗ってそのまま行ってしまった。

僕たちは軍曹から手渡された紙片を交互に見た。そこには事細かに視符と声符とその目的がブロック体で書いてあった。しかし声符だけは英語の得意な石原さんにも読めなかった。仕方がないので、石原さんはサクラのリードを持ち、メモにあった視符でツイテくる様に促し、自分の車に連れていった。サクラは頭を下げ、耳を寝かし文字通りとぼとぼと石原さんの後をついてきた。やはりサクラもご主人と別れたのはつらいのだな、と僕たちは思った。

翌日から石原さんの苦悩が始まった。家に帰って軍曹のメモをよくよく調べると、声符は全てドイツ語だったという。軍曹はすでに帰国の途についていたので、連絡の取りようがなかった。仕方がないので、数十個あった声符と視符のなかから、スワレ・マテ・フセ・ツケ・コイだけの視符だけを覚え、なんとか散歩に連れ出せる様にはなった。サクラは良く訓練されたドーベルマンらしく、新しい飼い主の石原さんにはことのほか従順だったが、全ての命令を視符で出さなければならないので、まるで手話で犬と話している様なものだったという。

なにより石原さんは、他の犬の飼い主に会うたびに「この犬は耳が聞こえないのか?」と、馬鹿にしたように言われるのに閉口してしまった。祖父は石原さんの相談をうけ、以前ドイツシェパードの面倒を見た時に再訓練を委託した警察犬訓練所の所長にサクラを預けて日本語で訓練しなおしてもらうことを勧めた。

サクラを預けた翌日、興奮気味の所長から石原さんに電話があったという。

「石原さん、すごい犬を手に入れたね、サクラは襲撃訓練と選別訓練、警戒訓練、捜索訓練に護衛訓練まで入っているようだ。全部日本語で訓練しなおすかね?」

石原さんはそこまですごい犬だと思わなかったので、自分で支障なく飼える様に服従訓練と捜索訓練だけ日本語が通じる様にしてくれれば良いと頼んだ。正直そんなにたくさん訓練が入っていても自分には使いこなせないし、自分の暮らしでは襲撃訓練など無縁だとおもったのだという。

3ヶ月後サクラは石原さんの家に帰ってきた。石原さんは奥さんと息子と一緒にサクラを連れて散歩にでた。サクラは引き綱を引かなくても、だまって石原さんの横を歩き、日本語の声符にも正確に反応した。石原さんはやっとサクラが自分の犬になったような気がして嬉しくなった。祖父と僕もそんなサクラを見てやっと安心した。

石原さんは地元の古い家の若旦那で、敷地の中には庭と数寄屋造りの母屋と、石原さん夫婦の暮らす離れとアパートが建っていた。サクラは縁側から見える応接室の前にあったコンクリート製の犬舎で飼われる事になった。最初は犬舎の戸を閉めていたのだが、石原さんの奥さんが洗濯物を干しに庭にでると、サクラはいつの間にか掛け金をはずし、庭にやってきて伏せ、奥さんの仕事をだまって眺めていたという。奥さんは全く吠えないサクラをサラブレッド馬の様に綺麗だと思った。そして、あまりにサクラが行儀良いので、奥さんは洗濯物を干し終わると、サクラを呼んで静かになでてやり、手ずから煮干しをやったりして可愛がった。

そんな事が繰り返されたので、サクラは穏やかなおとなしい犬だと思われ、庭で放し飼いのまま飼われる事になった。サクラは驚くほど利口な犬で、夕方家人が雨戸を閉め始めると、何も言われなくても敷地内を一周し、異常がないか見回り、それを伝えるつもりか縁側の前にやってきて黙って座って待った。それから晩ご飯をもらい、家人に、もうお休みと言われると自分から犬舎に戻ってスノコの上で休むのだった。

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ある日奥さんが子供を連れて買い物に行った帰り、荷物が多いので縁側から入ろうと庭に回る事にした。ところが先にたって木戸を開けにいった子供が息せき切って帰ってきた。

「お母さん、大変だ、サクラが誰か抑えてる」

奥さんは買い物かごを子供に預けると、あわてて木戸から庭に入った。そこで見たのは、サクラが4本の脚で腹ばいになった男を押さえつけている姿だった。男は人の気配がすると地面に突っ伏していた顔をゆっくりとこちらに向けようとした。

とたんにサクラが動き、見た事も無いような恐ろしい顔で、ガチガチ牙をならして脅すように唸った。

「サクラ、ヤメなはれ、その人はどなたはんや?」

気が動転した奥さんは、思わずサクラにそう尋ねてしまったという。

日頃から賢い犬だと思っていたので、そう聞けばサクラが返事をするのでは無いかと思ったのだそうだ。

当たり前だがサクラは返事をしなかったし、男も放さなかった。子供は縁側に買い物の荷物を下ろすと、周りに散乱していた物を拾ってきた。たくさんの鍵がついた鍵束、ドライバー、金梃子、それらが入っていたらしい鞄、その頃になってやっと奥さんはおかしいと思い始めた。最初はアパートの住人が庭を通り抜けようとしてサクラに掴まったと思ったのだが、それならサクラの知り合いなので、こんな理不尽なことはするまいと思いついたのだ。そもそも奥さんも男に見覚えが無かった。

奥さんは、おそるおそる男に訊ねてみた。

「あんたはんは、いったいどなたさんです?」

男が身体を起こそうとすると、またサクラのガチガチが始まり、男を押し倒してしまった。男は観念した様にうつぶせのまま答えたと言う。

「すいません、この犬をどけてください。わたしは泥棒です」

「まあ大変やわ、お巡りさんを呼ばな」

奥さんも結構良いところのお嬢さんだった人なので、こういう時の対応ものんびりしたものだった。

代わりに子供が家の電話から110番通報して、お巡りさんがたくさんやってきた。男はその場で現行犯逮捕され、のちに「侵入盗犯第何号」と言う指名手配中の空き巣である事が判明した。

サクラのお手柄のおかげで石原さんのお宅は空き巣の被害を免れ、サクラの飼い主の石原さんは警察から表彰状までもらうことになったと言う。-目次はこちら-

保護犬グレンジャー

                           

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今回は、里親となられた家庭で、里子になった犬がどんな暮らしをしたか、実話に基づいたお話をします。

グレンジャーは在日米軍基地の軍属に飼われていた5歳のボクサー犬の牡だったが、飼い主が帰国する際にフィラリアの陽性反応が出たため日本に置き去りされた犬だった。グレンジャーはボランティアで一時預かりを行っていた僕の家で、日本語の声符を一通り教わった。幸いそれ以前に訓練が良く入っていたし、人なつこい性格だったので、すぐに里親さんが見つかった。それは真岡さん(仮名)と言う商家だった。

真岡さんの家は、個人営業の商店で広い庭が無かったので、グレンジャーは店舗の奥の広いダイニングキッチンで飼われる事になった。そこは従業員が食事を摂る場所で、タイルが貼られていて、犬が粗相をしても問題ないと思われたからだった。グレンジャーは行儀の良い犬で、室内で排泄する事はもちろん、家具に傷をつけるような事も一度も無かったが、一つだけ真岡さんの奥さんを悩ませた事があった。それはグレンジャーが起きていても寝ていても大量のよだれや鼻水を垂らすことだった。そして大型犬の多くがそうであるように、グレンジャーも朝晩二回の散歩と食事の時以外は、一日の大半を寝て過ごすぐうたら犬だった。真岡商店の従業員たちも、最初は獅子頭のようなグレンジャーに恐れを抱いたが、実はおとなしく控えめな犬だと分かると、誰も気にする者はいなくなった。

奥さんは古いタオルを使って犬のよだれ拭き用の雑巾を何枚も縫い、一日に何度も床掃除を行った。

「全く、でかい図体のくせに、本当に赤ん坊の様な犬ですよ」

グレンジャーが来てからというもの、これが真岡さんの奥さんの口癖になった。でも奥さんは優しい人だったので、従業員の賄いを作る時にグレンジャーが行儀良くそばで座っていると、わざわざ犬用に味付けをせずに取り分けておいた肉や野菜を手ずから与えるのだった。グレンジャーはそんな奥さんが大好きだった。

毎朝の顔拭きも奥さんの日課になった。グレンジャーの顔は皺だらけで汚れがたまりやすかったので、奥さんはグレンジャーにスワレを命じ、自分も割烹着姿で犬の正面に正座して、顔の肉を引っぱって広げながら、よだれ拭き用雑巾で顔を隅々まで拭いてやるのだった。そんな時グレンジャーは路線バスがエンジンブレーキをかけるようなドルルルと言う喉声をあげながら顔拭きが終わるまでじっと待っているのだった。

グレンジャーは真岡さんの奥さんをストーキングする癖があった。おそらく最初の飼い主に置き捨てられた経験が、彼に飼い主を片時も見失ってはいけない、と言う強迫観念を植え付けたのだろう。グレンジャーは奥さんがトイレにいく時も、ベランダに洗濯物を干す時も、常に後をついて回り、奥さんを見失わない様に気をつけていた。

困るのは奥さんが電車に乗ってデパートに買い物に出る時だった。奥さんがグレンジャーを家に閉じこめて出かけ、最寄り駅で、さて切符を買おうと周りを見回すと、毎回グレンジャーがでっかい図体で眼を潤ませて座っているのを見つけるのだった。

いくら行儀の良い犬でも、グレンジャーの様に大きな犬を電車に乗せてデパートに連れてはいけない。奥さんはグレンジャーの首輪を掴んでタクシー乗り場まで連れて行き、客待ちをしているタクシーの運転手に交渉して犬を真岡商店まで送ってもらう様にした。タクシー運転手も最初はおっかなびっくりだったが、グレンジャーは扉を閉めると一声も発さずに家までおとなしく外を眺めているだけだったので、だんだん慣れてきて、時には奥さんが気づく前に駅前をひとりで歩いているグレンジャーを捕まえ、

「ワン公、またお宅に送っていきましょうか?」

とタクシー運転手の方から奥さんに交渉する様になった。

真岡商店では毎夕店を閉めたあと、旦那さんが売上金を持って銀行の夜間金庫に預けに行く習慣があった。ある時旦那さんが町内会の寄り合いで銀行に行けなくなり、かわりに奥さんが銀行に行くことになった。奥さんはグレンジャーを閉じこめ、独りで銀行に行くことにした。

事件は奥さんが店の横の路地を曲がった直後におこった。見ず知らずの男に金の入ったバッグをひったくられてしまったのだ。ひったくり犯は、後ろから奥さんを突き飛ばし、バッグを奪って逃げ出した。転ばされた奥さんは驚きと恐怖のあまり声が出せなかった。それで痛む膝をかばい地面にはいつくばったまま男が逃げていくのを見ている事しか出来なかった。

そのとき虎縞の影が勢いよく奥さんのところに駆けて来た。見上げるとグレンジャーの黒い顔が見下ろしていた。彼は勇ましく駆けつけはしたが、何も命令がないので、奥さんを見下ろして悲しそうな顔で鼻声を出すばかりだった。グレンジャーのよだれを垂らした大きな顔を見ると、奥さんはやっと声が出せるようになった。

奥さんは逃げる男を指さし、うろ覚えの声符を必死で思い出し、かすれ声でグレンジャーに命じた。

「モッテコイ・グレンジャー・フェッチ・バッグ・お願い…」

グレンジャーはウォンと一声吠えると、普段のぐうたらぶりからは想像も出来ない様な速度でひったくり犯に追いつき、そのまま無言で男の背中に飛びかかった。大きな2本の前足を突き出し、勢い良く男を突き倒すと、男が抱えていたバッグを大きな口でくわえ、うなり声を上げて何度も振り回した。

ひったくり犯は自分に襲いかかったのが目を血走らせたごつい大型犬だと気づくと、バッグを放り出し、尻餅をつき小便を漏らした。しかしグレンジャーはそれ以上男を攻撃する事もなく、奥さんに回収を命じられたバッグをくわえたまま、男を放置して奥さんのところへギャロップで戻っていった。

ひったくり犯はそのまま逃げてしまったが、真岡さんの通報で緊急配備が敷かれ、最寄り駅で警察に逮捕された。奥さんは男の人相風体をほとんど覚えていなかったが、小便を漏らしたズボンと背中に着いた大きな犬の足跡は、見間違えようのない目印になったのだ。

実は真岡さん宅で家庭犬として飼われていたグレンジャーは、若い頃に軍警察犬の訓練を受けた犬だった。里親である真岡さんの家で飼われた時は、単によだれの多いぐうたら犬だったが、若い頃に訓練された事はきちんと覚えていて、奥さんの危機に際してちゃんと自分の役割を果たすことができたわけだ。犬が訓練された能力を発揮するのを見るのは犬好きにとってわくわくする様な出来事だが、出来れば襲撃訓練などは一生実用にされる事がない世の中であって欲しいと思う。

その後のグレンジャーはなんの事件に会う事もなく、10歳と言う短い生涯を、よだれの多いぐうたら犬のまま幸せに真岡さん宅で過ごしたという。-目次はこちら-

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