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2017年5月13日 (土)

保護犬サクラ

                           

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今回も、里子に出された犬が、里親さんのお宅でどんな風に暮らしていたかというお話をします。

ドーベルマンのサクラは、立川の米陸軍基地が日本に返還された時に、飼い主だった黒人の軍曹が本国に連れて帰る事が出来ず、懇意にしていた祖父を通じて、石原さん(仮名)の家族に引き取られた犬だった。彼女は引き取りの時から逸話に残る様な話題に事欠かない犬だった。

サクラの元の飼い主の軍曹は犬の引き取り場所に、立川駅近くの鮨屋を指定した。祖父と僕が待っていると、軍曹が犬を連れてやってきたが、店の主人が入店を止めた。

「他のお客さんに迷惑だから少し離れたところに繋いで来てくれ」

軍曹はなぜそんな事が必要なのか理解できないという表情で、芝居気たっぷりにいった。

「この犬は私が命じれば絶対に他の客に迷惑はかけないだろう。もしサクラが一声でも上げたら、この店の客の支払いは全て私がもとう」

他の客たちも興味津々で了承したので、主人もそれ以上何も言わなかった。サクラはフセを命じられると、軍曹の足下に押しつぶされた様に横たわった。そしてそのまま、引き取り手の石原さんがやってきて、食事をする間、ピクリとも動かなかった。鮨屋の主人はサクラの行儀の良さに感心して料金は要らないと言った。軍曹はお返しに、他の客の勘定を全部払って店をでた。しかしサクラは命じられた場所から動こうとしなかった。石原さんはあわてて店に戻り、サクラの引き綱を引いたが、サクラは根が生えた様に動かなかった。

「軍曹!この犬はどうやったらついてくるんだ?」

僕たちが軍曹を呼び止めると、彼は芝居気たっぷりに振り返り、何か聞き慣れない声符(声の命令)を発した。サクラは十数mの距離をひと飛びに軍曹の足下にやってきてヒールポジションについた。石原さんはその時になって、自分はこの犬をちゃんと飼いきれるだろうかと不安になったと言う。

軍曹は折りたたんだ紙片を取りだし、石原さんにサクラの引き綱と一緒に渡すと、サクラに待つように命じ、振り返らずに歩き出した。僕たちは軍曹が泣いている様に見えたので、別れの挨拶をするように言ったが、軍曹は手を振っただけで、駐めてあったジープに乗ってそのまま行ってしまった。

僕たちは軍曹から手渡された紙片を交互に見た。そこには事細かに視符と声符とその目的がブロック体で書いてあった。しかし声符だけは英語の得意な石原さんにも読めなかった。仕方がないので、石原さんはサクラのリードを持ち、メモにあった視符でツイテくる様に促し、自分の車に連れていった。サクラは頭を下げ、耳を寝かし文字通りとぼとぼと石原さんの後をついてきた。やはりサクラもご主人と別れたのはつらいのだな、と僕たちは思った。

翌日から石原さんの苦悩が始まった。家に帰って軍曹のメモをよくよく調べると、声符は全てドイツ語だったという。軍曹はすでに帰国の途についていたので、連絡の取りようがなかった。仕方がないので、数十個あった声符と視符のなかから、スワレ・マテ・フセ・ツケ・コイだけの視符だけを覚え、なんとか散歩に連れ出せる様にはなった。サクラは良く訓練されたドーベルマンらしく、新しい飼い主の石原さんにはことのほか従順だったが、全ての命令を視符で出さなければならないので、まるで手話で犬と話している様なものだったという。

なにより石原さんは、他の犬の飼い主に会うたびに「この犬は耳が聞こえないのか?」と、馬鹿にしたように言われるのに閉口してしまった。祖父は石原さんの相談をうけ、以前ドイツシェパードの面倒を見た時に再訓練を委託した警察犬訓練所の所長にサクラを預けて日本語で訓練しなおしてもらうことを勧めた。

サクラを預けた翌日、興奮気味の所長から石原さんに電話があったという。

「石原さん、すごい犬を手に入れたね、サクラは襲撃訓練と選別訓練、警戒訓練、捜索訓練に護衛訓練まで入っているようだ。全部日本語で訓練しなおすかね?」

石原さんはそこまですごい犬だと思わなかったので、自分で支障なく飼える様に服従訓練と捜索訓練だけ日本語が通じる様にしてくれれば良いと頼んだ。正直そんなにたくさん訓練が入っていても自分には使いこなせないし、自分の暮らしでは襲撃訓練など無縁だとおもったのだという。

3ヶ月後サクラは石原さんの家に帰ってきた。石原さんは奥さんと息子と一緒にサクラを連れて散歩にでた。サクラは引き綱を引かなくても、だまって石原さんの横を歩き、日本語の声符にも正確に反応した。石原さんはやっとサクラが自分の犬になったような気がして嬉しくなった。祖父と僕もそんなサクラを見てやっと安心した。

石原さんは地元の古い家の若旦那で、敷地の中には庭と数寄屋造りの母屋と、石原さん夫婦の暮らす離れとアパートが建っていた。サクラは縁側から見える応接室の前にあったコンクリート製の犬舎で飼われる事になった。最初は犬舎の戸を閉めていたのだが、石原さんの奥さんが洗濯物を干しに庭にでると、サクラはいつの間にか掛け金をはずし、庭にやってきて伏せ、奥さんの仕事をだまって眺めていたという。奥さんは全く吠えないサクラをサラブレッド馬の様に綺麗だと思った。そして、あまりにサクラが行儀良いので、奥さんは洗濯物を干し終わると、サクラを呼んで静かになでてやり、手ずから煮干しをやったりして可愛がった。

そんな事が繰り返されたので、サクラは穏やかなおとなしい犬だと思われ、庭で放し飼いのまま飼われる事になった。サクラは驚くほど利口な犬で、夕方家人が雨戸を閉め始めると、何も言われなくても敷地内を一周し、異常がないか見回り、それを伝えるつもりか縁側の前にやってきて黙って座って待った。それから晩ご飯をもらい、家人に、もうお休みと言われると自分から犬舎に戻ってスノコの上で休むのだった。

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ある日奥さんが子供を連れて買い物に行った帰り、荷物が多いので縁側から入ろうと庭に回る事にした。ところが先にたって木戸を開けにいった子供が息せき切って帰ってきた。

「お母さん、大変だ、サクラが誰か抑えてる」

奥さんは買い物かごを子供に預けると、あわてて木戸から庭に入った。そこで見たのは、サクラが4本の脚で腹ばいになった男を押さえつけている姿だった。男は人の気配がすると地面に突っ伏していた顔をゆっくりとこちらに向けようとした。

とたんにサクラが動き、見た事も無いような恐ろしい顔で、ガチガチ牙をならして脅すように唸った。

「サクラ、ヤメなはれ、その人はどなたはんや?」

気が動転した奥さんは、思わずサクラにそう尋ねてしまったという。

日頃から賢い犬だと思っていたので、そう聞けばサクラが返事をするのでは無いかと思ったのだそうだ。

当たり前だがサクラは返事をしなかったし、男も放さなかった。子供は縁側に買い物の荷物を下ろすと、周りに散乱していた物を拾ってきた。たくさんの鍵がついた鍵束、ドライバー、金梃子、それらが入っていたらしい鞄、その頃になってやっと奥さんはおかしいと思い始めた。最初はアパートの住人が庭を通り抜けようとしてサクラに掴まったと思ったのだが、それならサクラの知り合いなので、こんな理不尽なことはするまいと思いついたのだ。そもそも奥さんも男に見覚えが無かった。

奥さんは、おそるおそる男に訊ねてみた。

「あんたはんは、いったいどなたさんです?」

男が身体を起こそうとすると、またサクラのガチガチが始まり、男を押し倒してしまった。男は観念した様にうつぶせのまま答えたと言う。

「すいません、この犬をどけてください。わたしは泥棒です」

「まあ大変やわ、お巡りさんを呼ばな」

奥さんも結構良いところのお嬢さんだった人なので、こういう時の対応ものんびりしたものだった。

代わりに子供が家の電話から110番通報して、お巡りさんがたくさんやってきた。男はその場で現行犯逮捕され、のちに「侵入盗犯第何号」と言う指名手配中の空き巣である事が判明した。

サクラのお手柄のおかげで石原さんのお宅は空き巣の被害を免れ、サクラの飼い主の石原さんは警察から表彰状までもらうことになったと言う。-目次はこちら-

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